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散歩

まつ毛の上に転がり落ちた小さな太陽はすぐに消えてしまうから、無くさないように、それでいて楽しむように目を細める。そのひと粒ひと粒を慈しむ時間。私だけの優しい光の粒。いつまでもこうして居たいけれど、みんなの太陽に還ってもらう。タイムリミットがやってきて、瞬き。先程まではささやかな祝福だったものが、世界の全てを包み込んで微笑んでいた。
自然と人工物が生み出す境界線。背の高い建造物の陰影と空の色。そこだけ切り取られているみたいだと思った。いつも見ていたコンクリートの壁が、途端に別のものに見えるよう。無機物なのに、完全な無機物ではないと思った。きっと手を触れれば、僅かに脈を感じられたんじゃないかな。私が踏みしめるこの道にも、行き交う人達や車にも、ゴミ置き場で散乱しないように上に掛かっている緑のネットにも、おんなじように等しく微笑みは向けられていて、おんなじだけ僅かな体温があった。くだらないものは存在してなかったし、そのどれかを否定するなら全てを否定することと同じものだと思った。
この微笑みの中で、ついでに遠い昔のことを思い出そうとしてみた。そこに体温を与えてみようと試みた。あっさりと失敗した。過去にまではフィルターがかからなくて、息を吹き返すことはなくて、どこまでも、過去は過去として存在していた。それならばたった今世界を包み込んでいる温もりと共に生きるのが幸せなんだろうと思った。
目を閉じ、再び開けると、小さな川の水面がもう一つの世界をつくっていることに気が付いた。それを生み出しているのは他でもない、陽の光だった。
私は冬の昼過ぎの光が大好きです。散歩が大好きです。

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