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「信じる」ことに寛容な世界は優しい


昨日触れた映画「アルカディア」を観て、なんとなく思い出したのは、私がヒーリングやリーディングを学んだ先生が話していたこんなお話。

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1999年から2000年に移行する際、2000年問題でコンピュータにバグが起こり、各国の核ボタンのスイッチがオンになってしまうのではないかとか、人工衛星が落ちてくるんじゃないかとか、様々な情報が飛び交ったけれど、私が「みんな、ほんとどうしちゃったの?」と思ったのは、セドナのベルロック(※上の写真参照)が実は宇宙船で“2000年になると同時に宇宙に飛び立つ”という情報で、大金をはたいてその宇宙船に乗るためのチケットを購入した人たちがいたり、宇宙に飛び立つ瞬間をこの目で見ようとセドナに集まったりしたことよ。もちろん、ベルロックは宇宙船ではないので飛び立ったりせず、たくさんの人が残念なことになってしまったけれど。そういう情報を信じてしまう人がいるんだなぁと思ったわ。

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…的なお話。

私の先生は、スピリチュアルなことを信じているし、あらゆることにおいて実践しているけれど、一方でめちゃくちゃリアリストな一面があって、そのバランスが私には心地よかったのだけれども。こういう話も、実に先生らしいなぁと10年以上昔の話になるけれど、未だに忘れられない。

20世紀から21世紀に変わるミレニアムのタイミングには、それこそ「まさに世紀末」なわけで本当に色んな情報が飛び交って、ノストラダムスの大予言の審判がくだるのか?どうなのか⁉︎なども含め、このコロナ禍とはまた違った緊張感があったけれど。

今となっては、核ミサイルの誤発射もなければ、コンピュータエラーで大混乱が起こることもなく、粛々と新しい21世紀が幕を開けたのよねぇ、、、と。

ちなみに、21世紀の始まりは「2000年〜説」と「2001年〜説」があって、日本も含め諸外国ではだいたい「2001年〜説」が採用されているそう。この辺も意外と実にファジー。

アルカディアの物語とベルロック宇宙船問題に共通するテーマは「信じる」だとすると。問題は本当に深いところにあると思う次第。

私の場合、世紀末も3.11も乗り越えて、今のご時世にあふれる様々な情報について思うのは「わりと信仰っぽいなぁ」ということ。私自身はイエスも観音もハトホルもガネーシャもアフロディーテもアテナも天照大御神も親鸞も空海もみんな素晴らしい存在だと思っているので、あらゆる人の信仰は全て尊重したいと思っている。

先生はベルロック宇宙船乗船チケット詐欺の被害にあった方達を嘆いていたけれど、私は「もしかしたら、そのチケットを買っても宇宙船には乗れないかもしれないけれど、どうしても買いたいなら買えばいいさ」と思う。

それが、その人の信仰なら。止められない。止める権利もない。1人ひとりの中にある「信仰」は尊重される方が豊かな世界だと思うから。

でもね。悪魔を崇拝していたり、偏ったものを信仰しているのは、ちょっと怖いなと思う。その怖さは、最初は信仰だったものが、依存や無思考になっていく怖さ。

そこには十分気をつけつつ。丁寧に色んな人が尊重され、より一層寛容な世界に変わっていくといいな。風の時代ならではの知性が炸裂してほしい。

そんなことを最近よく考えています。
周りは鏡だからこそ。こんな世の中だからこそ、今はいろんなものが見えやすくなってて面白い。

ふふふ。

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