わたしのきもちはわたしのもの
どうも ゆいちゃんです
新しいこと日記3日目
”普段は貯めてるポイントを使ってみた”です(笑)
昨日は宣言通り、嫌われる勇気と鏡の法則を借りてきました。嫌われる勇気を読みましたが、自分にはとても刺さることが多くて、ちょっと頭がまだ整理できていない状況です。でも「私は変われる」と言う確信を抱きました。
私がこの本の中で一番刺さって涙が出た一文は
他社の課題は切り捨てる
それが人生の荷物を軽くし、人生をシンプルなものにする第一歩です。
この言葉が刺さった理由は3つあって、まず1つ目が「課題の分離さえできれば私は変わることができるんだ」と言うこと。
人に嫌われたくないと顔色を伺って自分を偽って生きてきたけど、人に嫌われても私の価値は失われない。ということに気づき、勇気を持って変わることが私にはできる、そう感じました。
自分という人間がよく分からなかった。もやがかかったようでした。でも人からどう見られるかではなく、自分がどう生きたいかだけにフォーカスを当てたらピントがあったようにはっきりと自分が見えました。
2つ目は、課題の分離をするもしないも選択であるんだろうということです。
何かを得たいと思った時には何かを捨てる。それが私が人生の決断をする時に大切にしていることです。誰かの気持ちを傷つけてしまうかもしれない、でも自分として生きたい。でも、傷つくか傷つかないかはあなた次第です(急に)傷つけてしまう私を生み出していたのは私の考え方でした。
そして3つ目は、私は自分の人生に対して責任を持って自分で選択したい、そして誰の期待を背負うこともなく私として生きていきたい、
そう、ただシンプルに私でありたい。そう思っていたんだろうな。と思いました。
嫌われることに勇気なんて本当は必要なかった。
逃げ回るのはやめよう。
私は義母の劣等感の犠牲にはならない。あの人の承認欲求を満たせなくて悪い嫁と言われてもいい。それはあの人の劣等感が生み出した悪い嫁であって私ではない。つまらない愚痴を聞き続けて顔色を伺って、好かれようなんてやめる。
旦那が劣等感に苛まれて、働き続けないといられないのならそうしていればいい。私は旦那のためと言いながら旦那のせいにして逃げていた。
旦那に怒られたくない、そう毎日怯えていきていた。
でもそんな自分が大嫌いだった。苦しかった、毎日が。
だからもう逃げたくない、逃げない。私は変わる。旦那のためにも生きないし、旦那のせいにもしない。
そういえば、昔母が「子供のために夫と離婚するの選択をしなかった」と言っていた。私はその言葉が嫌いだった。子供のせいで夫と離婚する選択ができなかった」そう聞こえた。でも親になってみて、その気持ちもわかった。自分も同じような気持ちを抱いていることに気づいたときには娘に泣いて謝りたい気分だった。別に母のことを責めてるわけではないので謝って欲しいわけではありません。
子供のために生きようとすると、同時に子供のせいになってしまうこともある。だから子供のために生きるのはやめよう、と私は思った。子供のために生きなさいという洗脳じみた日本人の考えが子供を苦しめていることもあるんじゃないかと、思った。
でも自分のために生きたら批判の嵐だと思う。世間にロクでもない親だと罵られるかもしれない。でも先にそうやって生きてる人がいたら心強いな、と。私もそうやって生きたい、そうやって生きてもいいんだ。という1つの選択肢に私はなりたい。だって私ならできると思ったから。みんなにそうしろとは言わないけど、私はそうしたいから、同じように思いながらも変わる勇気を持てないでいる人に勇気を与えられたらいいなと思ったんです。だから離婚して娘と2人で47都道府県に行ってみたいという目標ができたんです。
正しいか正しくないかで言ったら正しくはないだろうけど、正しさなんて変わっていくものだから。
でも私の両親はお互いにファザーコンプレックスです。
母はお父さんを幼い頃に亡くし貧乏だった。
父は妾の子といじめられて育った。
だから父親はいた方がいい。という考えです。私もファザコンだったと知って、確かに父親からの愛は大切なんだなと実感しました。
でも父と母の望む私になって私は、幸せだろうか?
両親が私の幸せを願ってくれているのは疑う余地もありません。じゃあ私は今幸せになる勇気を持つべきなんじゃないか
変わりたい、から変わるへ
夫と離婚すれば幸せになれるなんて幻想だ。そうやって夫から逃げても何も変わらない、きっとまた同じような人が現れて悩むことになるでしょう。
夫はどうであれ私は変わりたいし、変わる。もう恐れないんだ。幸せはなるものではなく感じるもの、だと思う。
なりたい自分は、自分を信じて自分に自信があってキラキラしてる。
私はなりたい自分になる。なるんだ。
嫌われる勇気を読んで私はそう決意しました。
完全なる私の独り言になってしまいましたが、私はこう生きたいと思います。
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