再戦(63日目)

本から目を離すと戦闘は終わっている。アニー、バルマンテ、リズ、バーバラ、シルバーに経験値が入り、ゲラ=ハを召喚するためのメダルと銀が手に入る。

再戦を選ぶ。5人は再びシルバードラゴンの前に立たされる。強敵出現、と金色の文字が彼らとおれの間に浮かんで消える。おれは「全力AUTO」の文字が光っているのを確認する。
アニーが飛び上がってドラゴンに剣を振り下ろし、着地と同時にさらに横薙ぎの一撃を加える。間髪を入れずバルマンテが斧をぶんと振り回し、バーバラが赤と青の竜のオーラをまとった刺突を繰り出す。羽根と尻尾をゆっくりと揺らしたまま、さほど傷ついているようにも見えないドラゴンは、口から電撃のブレスをリズに向かって吐きだす。

おれは再び本に目を落とす。視界の隅にちらちらと戦いの閃光が舞う。1ページ読んだところで画面を見ると、5人が勝ちを収めたのがわかった。メダル320枚、銀28個。おれは再戦を選ぶ。160あるスタミナが15減る。このスタミナは誰のスタミナなのだろう。5人にもドラゴンにも、スタミナではなくHPとしての体力がある。どんな恐ろしい攻撃を食らっても、腕がねじ切れたり喉がつぶされたり皮膚が焼けただれたりはせず、ただ自分に割り当てられた数字が減る。スタミナは戦い続けると減っていく。すり減っていく。減ったら休むか、薬品でドーピングして数値を戻す。5人は先ほど倒したシルバードラゴンの前に再び立つ。強敵出現。

トイレに行って帰ってくるとアニーとバルマンテとリズが倒れ伏している。バーバラの槍でもドラゴンはまだ倒れず、氷のブレスで反撃して彼女を返り討ちにする。残っているのは地面に膝をつくほど弱ったシルバーだけだ。だが、彼女が放った起死回生の斬撃は、かろうじてドラゴンにとどめを刺すに足りた。ドラゴンが赤い塵となって消滅し、勝利、という金色の下品な文字が死体を覆い隠す。死んでいた4人が、嘘でした、とでも言うように跳ね起きて決めポーズをとる。メダル300枚、銀17個。再戦。

戦いは自動的に続く。彼らは文句ひとつ言わない。5人はほとんど勝ち、まれに全滅する。再戦。今度は勝つ。同じ技、同じ敵、違う乱数、違う時間。回復するHP、削られていくスタミナ。観測されない死闘。抽象化された暴力の向こうに具体を見るかは人によるが、この世界を作った人々はその想像をあまり歓迎していないように思える。

それは死ではなく、そもそも生命でもない。世界中で同時に、何匹ものドラゴンが死に、その数百万、数千万の死体は積みあがらずに跡形もなく消える。積みあがるのはメダルと銀、それも交換所で仲間を召喚するピースと引き換えられて消え、代わりに積みあがったピースは仲間のゲラ=ハと引き換えられて消える。
ゲラ=ハはおれたちのパーティに加わるが、自分と同じ名前の、絵柄の違うトカゲ人間がすでにふたりいることに気づく。かつてともに旅したホークが3人いることにも気づく。知っている顔、知らない顔、100人をくだらない戦士が亜空間に集められて凍っている。街に夜は来ない。再戦。

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