2023年8月上旬の日記

・8/4.5の一泊で弾丸広島観戦ツアーに行ってきた。昼出発して夕方ズムスタ着いて広島巨人戦見て翌日宮島行って夕方帰る、という最高に慌ただしい旅程。
 チケ代の10倍を超える交通費を支払って一夜の夢を味わいに行くのが東京在住カープファンの宿命である。しかもひとりで行けばよいものを、うっかり勢いで家族3人分チケット取ってしまった。妻はギリギリまで「……やっぱひとりで行ってくれば?」とためらい、自分もそのためらいを払拭しきれずどうにかLCCでなんとかならんかなどとモダモダしていたら、まんまと飛行機の早割を逃して結局割高になった。100年後に童話になりそうなダメっぷりである。
 羽田空港でトルコ料理(かなり美味かった)を食べ、ピュッと広島空港に降り立ち体感時間飛行機と同じくらいのバスに乗って灼熱の広島駅に到着。暑さにブー垂れる子を引っ張ってヒイコラ言いながらカープロードを歩くと、ああ、赤い。視界に必ず赤い何かが入ってくる。ホームである。道すがら今年までの各年の支配下登録選手と順位の入ったプレートがずらりと並んだエリアとか無限に読み続けたい気持ちはあれど、暑すぎてまずズムスタ徒歩約10分の宿に避難。
 安かったので無人ホテルを初めて予約してみたんですが、シャワー浴びて涼しい部屋で寝られさえすればよい観戦旅行にはうってつけですね。ローカルテレビつけてみたら前日のカープ戦の解説をじっくりやっててやはり広島に引っ越したい。
 もうここで中継見ればよいのでは感が出てきたところで鋼の意志を奮い立たせ再び出発。暑さがだいぶ和らいでいて生きる気力が湧く。晴れて約10年ぶりのズムスタ、そこへ通じる長いスロープには入団から現在までの新井さん画像がこれでもかと配置され、グッズショップのレジ横には超巨大新井さん画像がプリントされ、もはや広島ツライランドと呼ぶべき空間と化している。

辛そうな現監督

 まずはグッズショップを隅から隅まで漁る。財布の紐はあらかじめ引きちぎってきた。2016年8月7日巨人戦での新井のサヨナラ二塁打、あの忘れもしないロケット発射のごときガッツポーズをカープ坊やに取らせてデフォルメした上で胸元へそのシルエットをワンポイント刺繍したポロシャツ、などのイルすぎるアイテム群を得て客席へ。

優雅で感傷的な日本野球

 美しい。野球という競技と同じくらい、野球場という空間そのものが好きだ。数万人がみっちみちに詰めあって座りながら、10人ちょいしか人のいない、人口密度の落差があまりにも激しい芝生で豆粒よりも小さく見える白球が高速で行き来しては止まるのを、歌いつつカンフーバットを叩きつつ酒を飲みつつうどんを食べつつ一喜一憂しながら見守る。この奇妙な神事のごとき時空間に身を置くたび、冷静に考えたらわけのわからない方向へ長年にわたりルールや動作を洗練させてきた人類の、スポーツだからこそ発露される根源的なヒューマニティを強く感じて心を動かされる。
 野球のルールはサッパリわからないがカープという存在はなんとなく好き、という我が子が6回あたりから毎回「じゃあそろそろホテルもどろう」と言うのをかき氷などでなだめすかし、ジェット風船を飛ばしたりしつつ、負け試合をじりじり見守り続けた果ての逆転サヨナラ勝ちの大歓声を共に見届けたことは、おそらく生涯忘れないだろう。

広島に棲息する守護精霊アンパンマン様のご尊顔

 翌日は自分がカープファンになる大きなきっかけのひとつだった中沢啓治『広島カープ誕生物語』の像を詣でる。この作品を読むと戦後の広島にとっていかにカープが希望の星だったかが肌身に沁みてわかります。『はだしのゲン』の陽気なパートのテンションのまま全編突っ切る超ハイテンションカープバカ一代記、機会があればぜひご一読を。

カープが勝つと豆腐をタダで配りまくる豆腐屋と楽しい仲間たちの像

 続いて駆け足で宮島へ。路面電車で行きたかったが時間がなくてJRで宮島口へ行きフェリーで到着。夏に船に乗るってだけで無条件でテンション上がりますね。
 初めて来たけど鹿がそのへんをナチュラルにうろついてて少し驚く。商店街で店頭のもみじ饅頭を勝手にむさぼり店の人に追っ払われたりしている。
 夕方の飛行機に間に合わせるために厳島神社を超速参拝し、がんすと揚げもみじ饅頭をくわえて滑り込みで帰りのフェリーに乗船、気がつけば夜には家に着いていた。全て夢だったのかな?

・翌日は地元の小さな夏祭りに妻がスタッフとして駆り出されたので子供と一緒に冷やかしに行く。早めに帰ろうかと思っていたが、盆踊りに子供が突撃していった結果まさかのオーラスまで踊り切り、最初から最後まで滞在することになった。
 しかし盆踊りというものに生まれて初めてまともに参加しましたが、大変面白いものですね……。
 まず人もまばらな開始直後、一曲目の音頭が始まるやいなや、どこからともなく現れた数人の盆踊ラーたちが、勝手知ったる様子で完璧な踊りを披露する。これの何が素晴らしいって、振りを知らない人たちに、率先してやり方の見本を示してくれてるんですよ。その様子を見ていた子供たちも、「どうやらあの人のマネをすればいいみたいだぞ」と気づいて、文字通り見よう見まねで踊り出す。かき氷を食べ終えた周りの大人たちも、何回か同じ振りの繰り返しを見ているうちに、おそるおそる手振りだけで加わってみたりし始める。そうして少しずつ輪が大きくなり、祭りの場がかき混ぜられて温まっていく。
 ふだんよく通る公園に、新しいかりそめの空間が立ち上がっていくさまを目の当たりにして、けっこう本気で感動してしまった。何より自分の子供がその一員としてぐるぐる回り続けているのが新鮮でならない。
 自分は小さいころから地元のコミュニティにほとんど属したことがなかったので、こういうローカルな空気の強い場所にプレイヤーとして参加したことがなかった。踊り慣れた地元のおばあちゃんに隣で教えてもらいながら飽きずに踊り続ける我が子を見ていると、「子供には子供の、おれと異なる人生があるのだ」という実感と奇妙な喜びが湧き上がってくるのだった。
 そんなテンションにのせられて、自分も生まれて初めて盆踊りの輪に参加してみた。え、けっこう楽しいなこれ。踊る阿呆に見る阿呆なら確かに踊らにゃ損なのでは、と思わされる程度には間違いなく。とりあえず炭坑節はいけるようになったぜ!

・そんな楽しい休暇を過ごした矢先に妻がコロナに感染。急遽在宅勤務に切り替えて、家事と子守と仕事と看病をこなす展開に。なかなかに頭が爆発しそうではあったが、その後に子も感染して今度は一応セーフっぽい自分だけ隔離生活に。
 しかし仕事を定時でうっちゃらかして買い物や料理や風呂や洗濯やその他諸々をちぎっては投げる暮らしをいざしてみると、それはまあ想像以上にいろんな作業をこなせたわけで、残業にいかにリソースを奪われていたのかを改めて実感。仕事ばっかやって人生終わるのやっぱイヤだなおれは。

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