擬態(62日目)

池袋サンシャインシティ・ワールドインポートマートビル4階、展示ホールAにて「スター☆トゥインクルプリキュア おほしSUMMERバケーション」が8月2日から25日まで開催されている。当日券は大人(中学生以上)1200円、子供(3歳〜小学生)は1000円だが、早割券だとそれぞれ200円引きの価格だった。
場内ではボードで再現されたプリキュアの冒険を追体験できる「ミートプリキュア」のコーナーやスタンプラリー、好きなプリキュアの衣装に着替えて記念写真を撮れる「なりきり写真館」など、プリキュア尽くしの楽しいアトラクションが目白押しだが、中でもふれあいステージにて毎日午前10時から1時間おきに開かれるプリキュアショーがいちばんの目玉であろう。
新加入のキュアコスモも含む5人と一緒に、新エンディングテーマの「教えて...!トゥインクル☆」などの曲を歌って踊れる観客一体型のステージだ。客席は柵で仕切られた、靴を脱いで入る座り見のフロアがメインだが、外からでも子供を抱いて立ち見で観覧できる。

天井からプリキュアみたいなやつがこっちを見ている。大きさは実際のプリキュアと同じくらいだろう。特設ステージの真上、白い蛍光灯の横に、2本ずつある手足でヤモリみたいにぴたりと張りついている。肩や腰から生えたピンク色の薄い羽のようなグラデーションが空調にあおられてひらひらと揺れ、遠目に見ると本物の衣装のようにも見えるが、材質はよくわからない。羽よりどぎついてらてらした蛍光色の毛が垂れ下がる顔の部分が、天地逆さでなく客席に座っているおれたちと同じく顎が下、つむじが上の向きであるから、首が180度回る構造からして少なくとも人間ではないと思う。プリキュアではなく、背中に人の顔に見える模様がある虫のような類かもしれない。全体的に要素が統合されるとプリキュアを模した何かに見えるのだが、細部をいちいち見ていくとなぜかどのプリキュアだか同定できなくなる。プリキュア限定のロールシャッハテストのようなものだろうか。

それじゃあ会場のみんなで、元気よくプリキュアを呼んでみましょう!1、2の3、せーの!
「ぷりきゅあー!」
あぐらに組んだおれの足から立ち上がった娘が、司会のお姉さんと周りの女児とともに叫ぶ。爆音で主題歌が流れ出し、ハートを象ったゲートのカーテンの向こうからプリキュアたちが現れる。笑顔に表情が固定されたマスクとアニメさながらの衣装に身を包んだ、本物のスター☆トゥインクルプリキュア。天井のプリキュアは首をキキ、キキッと小刻みに揺らしながらまだおれの方を見ている。
ステージから客の座るフロアに延びるランウェイ。キュアスターが踊りながら近づいてくる。目まぐるしい手振り、動きづらそうなハイヒールにもかかわらず軽快にステップを踏む足、ただ顔のパーツだけがまったく動かない。

しゃべるのは司会のお姉さんだけで、プリキュアたちは一言も発さず踊り続ける。プリキュアたちの化学繊維の髪がなびく。プリキュアたちはプリントされた目で何かを見ている。

ステージは佳境に入り、新エンディングテーマの振り付けを司会のお姉さんが解説し始めた。
「『ねえ、ホントのことを、知りたいの!』のところでは、手を顔の前に持ってきて、話しかけるポーズをしてね!」
娘はプリキュアでなく周りの子供を見ながら一歩遅れてその動きを真似する。小学生くらいの子はもう言われなくても動きを覚えて先取りしている子がちらほらいる。おれは聞いたそばからすべてのことを忘れ始める。

最後の曲だ。フロアは沸騰する。娘は教えてもらったばかりの振り付けを無視してぴょんぴょん飛び跳ねている。
天井のプリキュアも心なしか楽しそうだ。曲に合わせて首がくるくる回転している。首だけああいう具合に回るということは、あの顔は今踊っている本物のプリキュアたちと同じくすっぽりかぶるマスクなのかもしれない。ということは天井のやつも本物のプリキュアなのかもしれず、もしくは踊っている5人も本物のプリキュアではないのかもしれない。そもそも本物のプリキュアであるということは商業的なライセンスの他に何をもって保証されうるのか?

曲が終わり、万雷の拍手とともにプリキュアがハートのカーテンの向こうへ手を振りながら去っていく。娘もその後ろ姿に小さく手を振りながら、おれの方を戸惑ったような顔で振り返る。
「楽しかった?」
「たのしかった」
おれは娘を抱き上げる。天井のプリキュアも、したしたと天井をつたってハートのカーテンの向こうへ消える。1時間後のステージでは6人のプリキュアのうち、さっきとは別のプリキュアが天井を担当するのかもしれない。グッズ売り場で娘に何が欲しいか聞くとハート型のバルーンを指差したのでそれを買う。少し前の商品なのか、バルーンの表面にはキュアコスモ以外の4人しかいない。

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