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龍の子太郎に会った

龍の子太郎に会った

初めてのミュージカル

 朝一番にもち米をとぎ、ぼたもちをこしらえた。圭を友人に頼んで、ミュージカルを観に行く朝。後ろ姿を見せると追ってしまうから不本意だけど、スッと消える。そのあと圭がどうなるか、未知なだけに心配で、友人にも、圭にも申しわけなくて、何かやらずにいられなくてあんこを煮た。

 「重箱かついでおむこさんに行くからね」と冗談とばして…。

 幼稚園を早退した薫と急いで昼食。着がえて、友人の待つ公園へ。ドングリ山の所で圭が私から離れたスキに、小走りで駅へむかう。圭も、母と姉がいつもとちがう服を着て、時折“電車”ということばを聞けば“お出かけ”と思ったらしく、公園に着いてもなかなか自転車からおりなかったし私にからみついて来た。

ヤバイ、でももう行くしかない!

と覚悟を決めていた。12:03の電車に乗ってようやくその緊張感がやわらぐ。薫「けいはないてないよ、はるなちゃんとあそんでるよ」の予想に希望を託して。
(まだ圭から離れたことがなくて心配なのだ)
そして14:00ミュージカル『龍の子太郎』開演。

こどもの城・青山劇場

 B席だけど、前から4列目だったから、迫力があった。音楽も生演奏、役者の息づかいも直に伝わってくる。うたにおどりに、何度もゾクゾクする。薫のことさえ忘れて集中していた。
 松谷みよ子の『龍の子太郎』の原作が好きだ。太郎の、何ともまっすぐで野放図できれいな心に魅かれる。龍になってしまった太郎の母の哀しみ、山の暮らしの厳しさ、一粒が千粒に二粒が万粒にという祈りの深さに打たれていた。

 『龍の子太郎』は、『ハイジ』や『メアリーポピンズ』と並んで、心の中でいつもあったかく光を放っていてくれる本。
 それが、どういうミュージカルになるかワクワクした。舞台もすごかった。広がりがあり美しかった。胸があつくなって、クライマックスでは、薫を抱きよせていた。薫をひとことも言わずじっと見つめていた。

 龍の子太郎に会った!
と思った。思いきって出かけて良かった。嬉しかったほんとうに。

1990年11月13日。渋谷 こどもの城・青山劇場。
薫4才9ヶ月。
圭1才10ヶ月(留守番)。
むずかしいことも多い日常だけど、あきらめないで、投げないでいよう。
そんなふうに明るくなれた記念日。

 そして、最寄り駅に着いたのが18:15。自転車を飛ばして、圭の待つ友人宅へ。さて、圭は、どうしていたか…?

初めてのお留守番

 「公園で“ママ―あっち”といったきりあと一度もおかあさんと言わなかったよ。ごはんを食べて、2時から4時半までたっぷり昼寝して、ウンチして、はるなとよくあそんで、慧くん、あいちゃんともあそんで、全然平気だった。6時に、はるなのおとうさんが帰ってからは、楽しそうに3人でよーくあそんでいたよ。まったく、おみそれしました!」
預かってくれたはるなちゃんのおかあさんの報告。

圭は、私がへやに入っていっても気づくことなく、はるなちゃんのおとうさんのひざで笑っていた。

声をかけたとたん、“ママ―”と泣き真似。
“イッパイ”にすがりついたのでした。

ある日の会話

私 薫の顔をつくづく見て、「かおるはたつのこ太郎に似てるね、圭もね」

薫 「おかあさんは たつのこたろうがすきなの?じゃあこんどあかちゃんがうまれたら たつのこたろうってなまえにしたらいいよ」

私 「いいねぇ」

薫 「かおる おおきくなって おねいさんになったら おかあさんになるよ。そしたら おかあさんは おばあちゃんだね」


けい語 

あーも(圭も)、んく(圭くん)、どーどー(おとうさん)、はいじ(アニメビデオの総称)、あーちゃん(薫ちゃん)、あっちってー(あっちいってー)、ブーブーいきたい、ママ―にかい?(おかあさんは二階?)など二語文も出て来た。好きなものを見つけると、母がうなづくだけでは満足せず、母の顔を両手ではさんで、そっちをむかせて「ホラッホラッみてー」


かおるのやきもち 

 圭はますます目が離せなくなった。どこへ行っちゃうか、何をするかわからない。かと思うとオッパイ、だっこ、ネンネ、と、べったりの赤ちゃんになってしまう。どうしても圭の方に注意がむいてしまう。
 だからだろうか。薫がとてもやきもちをやいたり、いじけたり、注目されようとおかしなことをやったりする。
圭のオッパイだけでもやめないと…本気でそう思い始めている。


1990年11月 「ひとりから 29号」掲載



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