こんな夢を見た。

DX係として出向した先が江戸幕府で徳川須部鮪(すべつな)公の命により大奥のDX担当補佐にされた。まず電波がないので出島でオランダの防弾ホスティング買い付けに行けと言われたので走りました。電話すると声がその場でABCスープのスナックになって飛脚に渡され飛脚は手旗信号をしました。新幹線は空いていました。13号車から乗りましたが5号車の九州担当官に伝言があるため判じ絵という暗号文書をUSBで手渡すために12号車に行きました。雪でした。雪国の殿様の参勤交代に出くわしたのでした。テラフォーミングパフォーマンスに四次元的に直交したので雪だらけでした。11号車はフランス革命のイメージでした。ナポレオンがロバに乗ってうたので邪魔だったです。10号車は運動会の風景でした。残暑で乗客の見守る中で運動会の人がバタバタと倒れていき組体操も崩落して元気なのは日陰で指導する一部の先生でした。9号車は台風ですぐに逃げましたが浸水で楽しくなかったです。USBが心配だったので。8号車は夏休みの風景でしたワンピース水着の学生集団が通路でレジャーするのですから座席の上を通る必要がありました。キャンプファイアやるなよ、山のキャンプと海のレジャー、広島、沖縄、北海道、京都の観光している学生も居たので、もっと修学旅行って秋なんじゃないのといいましたら9号車は台風で水浸しだから前倒ししたのだといわれました。7号車は灼熱の教室でした。新幹線の中なのだ、これは新幹線なのだと腹を決めて武士の格好のまま教室連なる廊下の端から端まで渡りました。灼熱の日差しは皮膚を刺して焦がします。日陰もむしむしもくもく茹だる暑さでした。夏休みは8号車の領分なので仕方ないことでした6号車は晴れでした。梅雨の席は少なかったですが多くの雨の席はずぶ濡れで水没していました。5号車は砂ぼこりと運動会が行われている間に九州担当官がいました。中国の役人の目付きが怖いやつと鯉と柏もちがありました。

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