マガジンのカバー画像

作品レビュー

6
自分の好きな作品を紹介し続けるコラムです。
運営しているクリエイター

記事一覧

現代人が求めた「天気の子」(観劇後推奨)

失敗をしづらい世の中になっている。 2019年7月19日、新海誠監督の新作長編アニメーションとして発表された「天気の子」。本作において注目されるのは、主人公の行動によって周囲に迷惑がかかっているということである。それは冒頭、船の通路で客の合間を縫って1人逆流することに始まり、最終的には(間接的に)都市を水中に沈めてしまう大規模なものまで、大小様々ある。 注目されるのは、主人公は自らの目的のために周囲へ迷惑をかけ続けるということ。ただ、周りの人たちは迷惑な行為それじたいを難

作品レビューNo.5/The Garden/Brad Mehldau

作品への最高の賛辞の一つに「意味不明だけどカッコいい」という言い方があって、とりわけ気に入っている。言葉にいい表しきれない感動があり、それを表明したい。しかしどんな言葉で表現すればよいか見当もつかない。感情の海に放り出されて、わらにもすがる思いで藻掻くとき、とりあえずの救命胴衣、あるいはインスタントな評言として重宝する。 この「The Garden」にも、安易な形容を拒むような、複雑な魅力がある。展開上のポップさと和声上の前衛性が、混沌と調和の境で競合しており、初めて聞いた

作品レビューNo.4/After Bach:Rondo/Brad Mehldau

世界中の人がバッハを知る今、その作風に似せて創作することは容易といえる。それは、例えるなら骨董に贋作の多いことと通じる。偽作の多さは作家の人気を裏付ける影のようなもので、その市場価値が高いからこそ似せて作ろうとする者も数多く現れるのだろうと思われる。 ジャズピアニストであるブラッド・メルドーはこの「After Bach」でバロック期に隆盛した音楽形式を2018年現在のアプローチで解釈を試み、新たな地平を示している。今回取り扱うのはアルバムに収録されたうちの1曲で、特に人気の

作品レビューNo.3/Say It/John Coltrane

気持ちの乱れた時に触れたいと思う音楽がある。そのうちの1曲にコルトレーンのナンバーがある。 始発の一音に覚える深い癒しのような感覚。テーマは2拍の安定と2拍の緊張との組み合わせを反復しており、この緊張の介在が聞き手に心地よい感情の起伏を催させる。BPMの低さは決して緩慢さにつながることなく、むしろ演奏者のタイム感によって、心地よいスピード感が生まれている。 同じくジャズ・サックス奏者のマイケル・ブレッカーが来日し、日本のニュース番組「ニュースJAPAN」に特別出演(199

作品レビューNo.2/隣人はA.I/雲収集業者

見る角度によって様々に姿を変える雲を、子どもはケーキに見えるとかクジラに見えるとか言いあい、想像の世界を広げて楽しむ。 快晴の青空を見ていると、少し不安な気持ちにさせられる。そんな中に雲が一つでも浮かんでくれれば、拠り所となって安心を覚える。心は毎日が快晴でなくてもよく、曇ったり雨が降ったりしてもいい。希望に満ちた毎日だけではなく、絶望に沈む無気力な日々があってもいい。 日本のJ-popバンド「SEKAI NO OWARI」は、世界が終わってしまったとも思えるような絶望の

作品レビューNo.1/Melting Point Vol.1+2/THE LIQUID RAY

-概要・初出/2019年春M3 ・作家名/THE LIQUID RAY 歩く人/Pedestrian 作編曲 Hiromu/166 アコースティックギター ・アルバムタイトル/ Melting Point Vol.1+2 ・ジャンル Alternative ・配信先 ページ下部参照 -レビュー1.siestaアルバム1曲目。フェードインで近づいてくるギターの音色(ねいろ)とともに始動。相槌(あいづち)を打つようにしてピアノとウッドベースが絡みあう。それら輪郭のはっきりし