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働きの様態は存在の様態に従う

シンギュラリティな雑談~2023.9.21収録後 - YouTube

 雑談のお話なら解答できるかもしれません。倒された怪獣の行き先はここに・・。ウルトラマン 第35話『怪獣墓場;亡霊怪獣シ―ボース』がありました。  

 哲学分野の先生のお考えをぜひ、聞きたいです。哲学も実際の研究では専門の固有性が強く、学際的拡がりがなかなかもてないです。京大には 学際融合教育研究推進センターもありますが、発表報告書『といとうとい』の募集も延期保留のようです…。  
 「人間(脳の認識能力)様態の限界」の考察は、何度かコメントに記しましたが、古代・中世でよく示された基礎原理「働きの様態は存在の様態に従うmoudus operandus sequitur modum essendum」から導かれると思います。中世のトマスも、存在者ensの宇宙における存在の秩序を分析し、認識(能力)においても、その秩序に従った様態(在り方)が示されると考えました。  
 「事柄を理解する」とは可知的形象(情報)を受け取り、知性の有する存在=現実態(エネルギー)で現実態の状態にする(情処理する)。その働き作用は、保有する存在=現実態(エネルギー)の状態に秩序付け(存在階層)を受けている、ということになると思います。  
 そこでトマスは、より上位の認識を分析する考察は、より上位の存在者(人間に対しては天使)の考察に論を進めたと言ってよいと思います。  松田先生の仰るその先生の研究分野と、その先生自身の考察を、ぜひ知りたいです。京大の古代・中世とは別であれば、『ライプニッツの情報物理学』(2016年、中央公論社)も著された名誉教授の内井惣七先生がとても厳密に解説されるのは知っています。内井先生も京大の工学部から哲学に学士編入されていらっしゃるそうですね。  
 
 ところで、素粒子論の研究からの展開が情報論に向かうのも、自然必然の傾向を持つ気がします。J.ホイーラーの「単一電子仮説」を、電子の粒子的プロパティと波動的universality(個と普遍)との関連で観たものと考えると、素粒子の固有性を分析還元して普遍波動のエネルギー様態を想定した時、存在=現実態=エネルギーという結びつきが想定され、そのエネルギーの自己保存が自己認識である「思惟の思惟」に結びついてくる気がします。この「思惟の思惟」の前項の「思惟」がエネルギー=現実態でありホイーラーの視点であり、、後項の「思惟」がシュレーディンガーが依拠した「単一知性説」で描かれるものであると思います・・・。

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