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レンズ性能向上の方法や技術・その5

 前回のレンズ性能を向上させる方法や技術・その4では、4種類の特殊光学ガラスレンズの中から①低分散ガラスと②高屈折レンズについて解説をした。

 ① 低分散レンズ
 ②高屈折レンズ
 ③ 非球面レンズ
 ④ 特殊加工レンズ

 今回は前回のつづきで、③非球面レンズ④特殊加工レンズについて解説をしたい。

ますます進化する非球面レンズ

 特殊光学レンズで、ぜひ注目してほしいのが非球面レンズである。近年、低分散系レンズと並んで非球面レンズは高性能な撮影レンズには欠かすことのできない特殊光学レンズの1つとなっている。非球面レンズを使用することでレンズの小型化、高画質化に大きく寄与してくれる。

 一般の屈折系レンズの表面は一定の曲率(球面)を持っている。円球の一部を切り取った面と考えてもいいだろう。そうした球面レンズは、球面であるがために光を同一点に正しく焦点を結ぶことができない。球面収差はレンズが球面であるから発生する〝宿命的〟な収差だともいえる。

(図・1)

 上の(図・1)は球面レンズと非球面レンズの「効果の違い」を表したイメージ図。球面レンズは光の波長の屈折率と分散特性などによってピント位置がずれて点が点として写らない。非球面レンズは球面の一部を非球面化することで異なる波長の光も一点で焦点を結べるようになる。

 下の画像(図・2)は東海光学の製品ホームページから拝借したもの。プラスチックレンズではあるが、非球面レンズ(製品名・ベルナールAS)と通常の球面レンズとの「違い」がこれを見れば非球面レンズの効果が良くわかる。

(図・2)

 球面でないレンズ、つまり非球面レンズを使用すれば球面収差の発生を抑えられるだけでなく、歪曲収差を目立たなくしたり、あるいは大口径レンズの高性能化、レンズの小型化などが可能になってくる。

 ところが、その非球面レンズを作るのが大変に難しい。最適化された光学ガラス材が必要だし、それを特殊な「加工と処理」を施さないと非球面光学レンズを作り出すことはできない。
 通常の球面レンズを作るには一定の球面曲率になるように研磨していけばできあがる(と言うほどカンタンではなのだけど)。非球面レンズはレンズ面の曲率が部分的に変化するわけだから通常のレンズ研磨方法では決して作ることができない。

 近年になって、非球面レンズの加工技術が飛躍的に向上してきた。通常のガラス材だけでなく、特殊低分散/高屈折率の特殊な光学ガラスを非球面レンズ化できたり、1枚のレンズの両面を非球面化したり、さらに面曲率も直径サイズも大変に大きな非球面レンズが作れるようになってきた。

(図・3)

 上の(図・3)は〝特殊〟非球面レンズ活用の一例。OMシステムの「M.ZUIKO DIGITAL ED 9~18mmF4~5.6 II」ズームレンズの第一面と第二面に使用されている大偏肉両面非球面(DSA)レンズは、レンズ中心部と周辺部の「厚み」が大きく異なる(面曲率が大変に大きい)。これを使用することでレンズを大幅に小型軽量化でき、さらに高画質化(と、低価格化)も達成している。製法の技術的な詳細は省くが、このような特殊形状をした両面の非球面レンズを製造するのには高度な技術が必須となる。

 非球面レンズの製法は技術革新の進歩が著しい。加工が極めて難しいとされている超低分散レンズを非球面レンズ化する技術も確立されきたし、今後は、さらなる大型化、両面非球面化、大曲率化、低コスト化も進んでいくだろう。

非球面レンズは4種類の製法がある

 非球面レンズの製法は大別すると4種類に分けることができる。

 ①研削(切削)非球面
 ②ガラスモールド(GM)非球面
 ③ハイブリッド(レプリカ)非球面
 ④プラスチックモールド(PM)非球面

①研削(切削)非球面
 レンズ面を高精度に削り、それを磨いて仕上げるのが「研削(切削)非球面」レンズである。初期の非球面レンズはこの方法で作られていたが、製法の難易度が高くコストもかかる。しかし大型の非球面レンズ作りには欠かせない製造技術である。
 欠点は非球面レンズを生産するのに時間がかかり量産化が難しいことや、どんなに精度良く削っても表面にかすかな〝削りあと〟が出てくる(最近はだいぶ改良されてきた)。
 研削非球面レンズはキヤノンが古くからこだわっていて、現在でも大口径で特殊な形状の非球面レンズは研削による製造をしている。

(図・4)

(図・4)はキヤノンの「EF11~24mmF4L USM」ズームレンズの第一面に使用されている研削非球面レンズは直径が87mmもある。非球面レンズとしては最大クラスで、これほどのサイズになると研削方法でないと作るのはなかなか難しい。研削非球面レンズはキヤノンの得意分野のひとつ。

②ガラスモールド(GM)非球面
「ガラスモールド非球面」は、特殊光学ガラス(プリフォームガラス、コブガラス)を熱して極めて精度の高い金型でプレスして仕上げる。比較的に大型の非球面レンズを量産するのに適している製法で、曲率の高い非球面レンズが作れたり、レンズ両面を非球面に仕上げたりすることもできる。
 ただ高精度な金型を作ることが難しいうえに(この金型の表面精度は実際にできあがる非球面レンズの面精度よりも高い数値が求められる)、熱でプレスしたあとにどれくらいの時間をかけて冷やしながら金型を外していくかなど、大変に高度な製法技術が要求される。

 私は今までにいくつかのメーカーのレンズ工場を見学したことがあるが、どこも同じように非球面の製造現場は非公開が多く、見せてもらえたとしても、遠くから短時間、外観の様子をうかがうことしかできなかった。製造機械や製法などは厳重に秘匿管理されている。

(図・5)

 (図・5)はシグマの「14~24mmF2.8 DG HSM Art」ズームレンズである。第一面レンズには直径80mmの大型ガラスモールド非球面レンズが使用されていることに注目したい。ガラスモールド方式で直径80mmもの大型な非球面レンズは他にほとんど類を見ない。
 シグマには他にも、たとえば「14mmF1.4 DG DN Art」レンズには直径79mmもの大型のガラスモールド非球面レンズを採用しているし、「20mmF1.4 DG DN Art」レンズでは、直径が58mmのガラスモールド式だが両面非球面レンズを使用している。シグマはガラスモールド型非球面レンズの優れた製造技術力を持っているようだ。

③ハイブリッド(レプリカ)非球面
 
ガラスモールド非球面よりも少し簡単に製造できるのが「ハイブリッド非球面」レンズである。レプリカ非球面ともいう。光学ガラスレンズにプラスチックを薄く貼り合わせて非球面レンズに仕上げる。
 比較的低価格で良好な非球面レンズを作ることができる特長がある。ただし、ガラスとプラスチックの素材による膨張率が異なることなどにより、大型で精度と耐熱性に優れた非球面レンズを作るのは現状ではまだまだ難しいようだが、技術的な改良が進み今後はさらに採用が広がるだろう。

(図・6)

 (図・6)はハイブリッド非球面レンズの概念図。球面ガラスレンズにプラスチックを貼り合わせて、プラスチック部だけを金型でプレスして非球面化する。貼り合わせるプラスチック材はごくごく薄い。


④プラスチックモールド(PM)非球面
 「プラスチックモールド非球面」レンズは製造価格も安く抑えられ大量生産に適している。プラスチック材そのものを金型でプレスして作る。 高い精度が求められる交換レンズに使用されることはなくもないが例は少ない。熱膨張による曲率変化の影響、耐久性の問題などによるものだが、これもまたプラスチックなどの樹脂材料の改良が進んで、将来はもっと広がる可能性はおおいにある。

 現在では、おもに径の小さな低価格なコンパクトカメラ用レンズや、携帯電話内蔵のカメラ用レンズとして多用されている。大量生産に適した製法だ。このPM非球面レンズの品質と性能が向上したことでスマートフォン内蔵レンズの多機能化と描写性能が飛躍的にアップしてきている。

 このように高性能な非球面レンズの製造上の進化は著しく、今後もさらに改良と低価格化が進んでいくだろう。レンズ両面を非球面化したり、大型で曲率の大きな非球面レンズ、さらにはEDガラスレンズなどの特殊レンズを使ってガラスモールド非球面レンズを作ったりする製造技術も日々進化している。
 通常の光学ガラスレンズや単面非球面レンズを何枚組み合わせても補正しきれないような収差を非球面レンズ1枚使用するだけで抑え込むこともできるし、高画質化と小型化を達成している。こうした非球面レンズの進化発展はまだまだ続く。

特殊光学ガラスレンズとは

 非球面レンズと同じように「球面でない」レンズ面を備えた特殊光学レンズがある。光の回折現象を〝逆利用〟して色収差(とくに軸上色収差)を補正したり、望遠レンズの全長を短くしたりする効果がある。
 キヤノンの「DOレンズ」やニコンの「PFレンズ」などで、複合型特殊加工レンズと言えばいいだろうか、レンズ面を精密加工した回折光学素子レンズである。

(図・7)

 (図・7)キヤノンが始めて撮影レンズに採用した積層型回折光学素子を使ったDO(Diffractive Optics=回折光学素子)レンズは、とくに長焦点の望遠系レンズの全長を大幅に短く仕上げている。キヤノンのレンズ技術解説ページから。

 キヤノンのDOレンズは、回折現象をレンズ面で意図的に発生させる構造になっている。屈折レンズと組み合わせることで光の透過進路を最適にコントロールし、その結果、2組2層型のDOレンズで蛍石と非球面レンズの両方の特性を持ったレンズに仕上げることができるといわれている。
 初期は2枚の回折光学素子を組み合わせていた2層型だった。逆光撮影でフレアが発生することがあるなどの欠点もあったが、改良を重ね、フレアの発生を抑えた高精度なDOレンズが作れるようになりズームレンズにも採用できるようになった。

 いっぽう、ニコンが開発したPF(Phase Fresnel=位相フレネル)レンズはキヤノンのDOレンズとほぼ同じ構造をしているといわれている(構造の詳細は不明)。
 DOレンズもPFレンズも通常の凸レンズと組み合わせることで色収差を効率的に抑え込むことができ、超望遠レンズを大幅に小型軽量化できる大きな利点があるのだが製法が難しく一般化するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

(図・8)

 (図・8)はニコンのレンズ技術解説ページから。その概念イラスト図にあるようにPFレンズと一般の屈折レンズでは波長による屈折率が逆転している。この現象を利用して一般の屈折レンズとPFレンズを組み合わせて使用することで色収差を最適に補正できる。基本原理はキヤノンのDOレンズと同じ。

 このように今までになかったような屈折率と分散率を備えた光学ガラスレンズが生まれてきたり、特殊ガラスレンズを非球面化することが一般的になったり、キヤノンのDOレンズやニコンのPFレンズのような新しい光学ガラス(素子)レンズが今後も生まれてきたりすれば、写真レンズはもっと高性能で、小型化軽量化する可能性は充分にある。

 こうした特殊加工レンズのほかに、低分散ガラスのように加工の必要がない色収差補正に効果のある新型ガラスレンズも開発されている。たとえば前回の特殊低分散ガラスでも紹介したニコンのSR(Short-waveIength Refractive)レンズや、キヤノンのBR(Blue Spectrum Refractive Optics)レンズ(図・9)などがそうで、こうした特殊レンズの開発により光学設計の自由度が大きく広がり、結果的にさらに描写性能に優れたレンズができるようになる。

(図・9)

 (図・9)のBR光学素子レンズもまた他の通常レンズと組み合わせることで色収差を最適に補正できるようになった。このようにBR光学素子レンズや回折格子のDOレンズ、蛍石レンズ、超低分散ガラスレンズなどを使い分けることで色収差だけでなく他の収差も補正できて、より結像性能に優れたレンズが製造できるようになってきている。

 特殊光学レンズの話はこれでいったん終えて、次回からは「レンズコーティング」の話を数回、続ける予定。


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