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レンズ性能向上の方法や技術・その3

 カメラ用の光学レンズにはどんな種類があるのか
 低分散レンズや蛍石レンズはどんな効果があるのか
 レンズの小型軽量化と高画質化のための非球面レンズとは
 これから期待できる特殊光学ガラスレンズとはなんだろうか

光学レンズの種類と製造メーカー

 光学レンズには大別してガラス材とプラスチック(合成樹脂)材がある。性能を第一にした交換レンズなどではガラス材を使用することが多い。
 プラスチック材レンズはコンパクトデジタルカメラや普及価格のレンズ、そして非球面レンズなどに使用されている。軽くて割れにくく低価格で、成形もしやすい。大量生産に適しているなどのメリットがある。しかし、ガラスレンズに比べて透過率や屈折率が低く、キズもつきやすい。温度や湿度の影響を受けて屈折率が変わってしまうという欠点もある。

 とはいえ、今後、材質の改良などが進めば(事実、材質の改良が進んでいてスマートフォン内蔵カメラのレンズに多用されている)、今後プラスチックレンズはますます多くのレンズに使用される時代が来るだろう。

(図・1)

 (図・1)は研磨加工された光学ガラスレンズ。径、厚み、材質、性質などの違いで多種多様ある。ニコン光ガラスの製品紹介ページから。

 身の回りにあるさまざまなガラス製品のなかで、光学ガラスは均質で透明度が高い性質を持っている。とくに写真用レンズに使用されている光学ガラスは、通常のガラスとは違って材質が均一で無色透明(光の透過率が高い)、そして定まった屈折率と分散特性を備えている。これらの重要な光学的条件を満たしているのが光学ガラスレンズである。硝材とかガラス硝材とも言われることがある。
 光学ガラスには種類が多くあって、屈折率や分散特性の違いにより200~300種類以上あるとも言われている。

 下の(図・2)はニコンの「NIKKOR Z 58mmF0.95 S Noct」のレンズカットモデルと本体外観。このレンズには通常の光学ガラスレンズのほかに、低分散ガラスのEDレンズ4枚、非球面レンズ3枚などの特殊光学レンズが使用されて10群17枚のレンズ構成で仕上げられている。
 一般の交換レンズも、これと同じように多種多様な光学レンズを組み合わせて作られている。

(図・2)

 かっては、多くのカメラメーカーやレンズメーカーは自社でガラス原料の混合をして、溶解、造形などをおこなって光学ガラスを作っていたのだが、いまではそうしたメーカーは少なくなった。
 現在は、交換レンズなどのメーカーではコシナなど1~2社のメーカーに限られ、それ以外は専門の光学ガラス製造メーカーから加工済みのレンズ素材を購入して、それを研磨し組み立てている。

 国内のおもな光学ガラス製造メーカーには、HOYA、オハラ、住田光学、光ガラス(ニコン)、キヤノンオプトロン(キヤノン系)などがある。海外のメーカーでは歴史の古いショットなどもある。中国メーカー製はそこそこの性能で低価格なので、最近では中国製光学ガラスを使う国内レンズメーカーも増えてきた。
 国内の多くの交換レンズを製造するメーカーはHOYAまたはオハラ、住田光学の光学ガラスを使うところが多い。

特殊光学ガラスレンズの種類

 写真用レンズに使用されているレンズには、一般的な光学ガラスレンズのほかに、特別な機能(性能)を持った「特殊光学ガラスレンズ」がある。それらは近年、大幅に進化していて多くの交換レンズに使用されている。そうした特殊光学レンズを使用することでいくつかの収差の補正も可能になり、レンズの描写性能を大幅にアップさせている。

 特殊光学ガラスレンズはつぎの4種類に大別できる。

 ① 低分散レンズ
 ② 高屈折レンズ
 ③ 非球面レンズ
 ④ 特殊加工レンズ

 ①の低分散レンズと、②の高屈折レンズはガラス素材そのものが特殊といえる。③の非球面レンズと、④の特殊加工レンズはガラス素材が特殊なのではなく加工が特殊なレンズと考えてもらえばいいだろう(特殊光学ガラスを特殊加工しているレンズもある)。

 これらの4種の特殊光学ガラスレンズは、レンズの描写性能を向上させたり、小型軽量化するために大きな役割をはたしている。これらのレンズは近年もっとも注目されている光学レンズ群で、つぎつぎと新しいタイプの特殊光学レンズが開発され使用されている。将来さらに新タイプが出てきたり、性能も向上していくだろう。

 ①~④の各特殊光学レンズについては次回以降に詳しく解説をする予定だ。とりあえず、ガラス材(硝材)を使った光学レンズには大別してこれらの種類があるということを知っておいてほしい。

光学ガラスチャート図

 レンズの光学設計をおこなうときに、まず、どのような種類の光学ガラスレンズを選んで組み合わせるか、そこからレンズ設計が始まる。その時に参考にするのが「光学ガラスチャート図(ndーvd図)」である。

 一般にはまったく馴染みのない図表である。はっきり言って、MTF図と違って読み込んだところで一般のレンズユーザーにとってナンの役にも立たないと思う。なので「ああ、光学ガラスレンズってこんなにたくさんの種類があるのか」と、ざっと眺めておいてもらうだけでいい。

 とは言え、せっかくなのでこの図表の「見方」をカンタンに説明しておきたい。

 チャート図は、屈折率(nd)を縦軸に、分散特性(vd)を横軸にしてグラフ図にしていることから「nd-vd図」ともいう。なお分散(vd)をアッベ数というのが一般的。

 下の(図・3)は光学ガラスレンズのメーカーとしてはトップクラスのHOYAのチャート図である。
 光学ガラスレンズの製造メーカーから、こうした図表が公表されていて、その図を見ることで、希望する屈折率と分散率を持った光学ガラスレンズを選び出すことができる。
 チャート図が日本列島に似ていることから、左下を沖縄方面、右上を北海道方面、などと言っている光学設計者もいる(以下、その言い方にならう)。

(図・3)チャート図

 縦軸の屈折率は、上にいくほど高屈折ガラスとなり、下方向が低屈折ガラスである。横軸のアッベ数(分散特性)は、左方向が低分散ガラスに、右方向に高分散ガラスとなる。 
(※ 画像をクリックすると拡大画像になるので細部まで見られる)

 レンズ光学の設計者たちはこの「日本列島図(光学ガラスチャート図)」の中から、屈折率(nd値)と分散特性(vd値)をチェックして希望するレンズを選ぶ。
 じつはそれだけではなく透過性や加工性(※)、価格などのレンズ選択パラメーターもあって、そうした条件を考慮しながら最適なレンズを選び出し、組み合わせる。(※)加工性とは、レンズの膨張特性や磨耗係数などレンズ研磨での加工のしやすさをいう。レンズ研磨をおこなう技術者の中には「研磨しにくいレンズを選ぶな」と光学設計者にクレームを言う気難しい人もいるそうだ。

 一般的に、もっとも採用されるガラスレンズ群は図の真ん中あたり、ちょうど新潟県から京都府あたりの日本海側に散らばっている。太平洋側沿岸部のレンズ群は「旧レンズ」ともよばれ、現在ではあまり積極的に使われることはないという。

 撮影レンズは屈折率と分散特性(アッベ数)などの異なる種々の最適な光学ガラスレンズを組み合わせて構成されていることはすでに述べた。1~2種類の光学ガラスレンズだけを使ったレンズ構成をすると、たとえば色収差が目立って高性能なレンズを作ることができないなど弊害がでてくる。しかし最適な光学ガラスレンズを選び出して最適に組み合わせれば収差の補正が可能となり高性能なレンズを作ることもできる。

 複数の光学ガラスレンズを組み合わせる利点のおもなものとしては、①各収差の補正が最適にできる、②焦点距離よりもレンズ全長を短くできる、③バックフォーカス長を焦点距離よりも長くできる(一眼レフ用レンズの場合)などなど。

 なお、光学ガラスレンズは、さまざまな材料を調合したうえで高温で溶解して作られるのだが、かっては狙い通りの屈折率や分散率を手軽に得るために鉛やヒ素、放射能を放出するような材料が使用されていたこともあった。しかし今では環境に配慮して、そうした有害な物質を含んだガラス材料が使われることはまったくなくなった。

 ここで、もうひとつ、住田光学の光学ガラスチャート図(ndーvd図)をベースにして光学レンズの分布配置の様子を見てほしい。

(図・4)

 チャート図(図・4)の「沖縄方面」あたりには、低分散特性で低屈折率のレンズ群があり、図の「北海道方面」には高屈折率で高分散特性のレンズ群がある。

 「沖縄方面」に位置する低屈折低分散のレンズ群には、蛍石や特殊超低分散、異常低分散などと呼ばれているガラス群が集まる。このレンズ群は色収差の補正効果が大きい特性を備えている。望遠レンズの軸上色収差や広角レンズの倍率色収差の補正に役立つ。レンズ枚数を少なくして設計し性能向上を求めるにはなくてはならない特殊レンズである。

 左下の宮古島、石垣島に近くなるほど「超」がつくほど屈折と分散の度合いが低くなり、色収差補正力がよりアップする。赤丸の右側(奄美大島)あたりから、特殊低分散ガラス、特殊超低分散ガラス、そして左下には蛍石またはそれに相当する特殊超低分散ガラスになる。

 次に「北海道方面」にある高屈折率高分散のレンズ群では、右上の稚内あたりに近いほど超高屈折率超高分散ガラスとなる。

 このあたりの特殊ガラスには2つの特徴がある。
 屈折率が高いためレンズを薄型化小型化しやすいことが利点の1つ。もう1つは他の屈折率の異なる高分散ガラスと凹凸で貼り合わせて(波長を逆転させて)色消し(色収差補正)に利用できることだ。と同時に、球面収差などの収差補正も可能で、そうした最適な組み合わせを探っていくことが光学設計者のウデの見せ所でもある。

 なお、緑の楕円で囲った部分(日本海沿岸)は現在、光学レンズとしてもっとも多く使用されているレンズ群で、黒い楕円部分(太平洋沿岸)は〝旧レンズ〟ともいわれる古くからあるレンズ群である。

 ところで以下は余談になるが、青色丸の「太平洋沖」と「日本海沖」の遠くにはレンズ群が見あたらない。この太平洋沖が「超低屈折率・超高分散ガラス」と、日本海沖が「超高屈折率・超低分散ガラス」にあたるわけだが、現在のところそうした光学特性を持つガラス材は存在しない。
 光学ガラスメーカーなどでは開発を進めているようだが当分は出てきそうにもない。もし仮に太平洋沖や日本海沖あたりに新種ガラスが出てくれば、光学ガラスの組み合わせの自由度が広がりレンズの性能やサイズ、価格などに良い結果をもたらすだろうとも言われている。

 とくに、日本海沖の朝鮮半島に近いあたりは多くの光学設計者が口を揃えて、「そこにあるのが〝理想の光学ガラスレンズ〟だ」と言っている。高い屈折率と超低分散特性を備えていて、たった1枚で色収差補正と小型化が可能になるなど利用価値は大変に高いのだそうだ。いきなり朝鮮半島近くというわけにはいかないが、将来、日本海沖に新種ガラスが開発される可能性もなくもない。

 以上のような特殊ガラスレンズの開発は今後も続き、それにともなって交換レンズなどの性能もさらに向上していくだろう。

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