ずるい大人たちの実話

二の腕が触れるほどの近さ
肩に回された左手は、気まぐれに、おろした髪を梳いたり後頭部を優しくなでる
指先が耳の輪郭を浮き彫りにして、ときたま唇が鼓膜を揺らす
首筋に落とされた温かさと跳ねるような音が背筋を走る
幼さが顔を出したみたいに、とつぜん横から抱き寄せられる
かと思いきや、見つめ合って、頤に添えた手が顎を持ち上げる
触れるか、触れないか 吐息が絡まり合う気がした
「寸止め中」笑うとバランタインがすぐそこを香って、鼻孔を駆け抜ける
同時に、一瞬、 触れる

アールヌーヴォーのランプだけが灯る店

ふいと顔を自分の方に取り戻してモスコミュールを含んだ
いたずらっぽく視線を向けてみる
「穴が開くからそんなに見ないで」

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