見出し画像

ショートショート「CM上の演出です」

「すみません!!休日中に申し訳ないのですが、、、」

スコココという音とともに、Slackの通知が平井のMacbook Proの画面上に滑り込んできた。プロジェクトマネージャーの杉本が敬語を使うときは、たいてい悪い報せだ。平井は、広告制作会社のエディター。簡単に言うと、TVコマーシャルの映像素材を編集してお客様に納品するお仕事だ。

「先程、営業の田井中さんから連絡があり、CMの中で俳優の葛城さんが空中浮遊しながら火を吹くシーンなのですが」

平井が昨日ようやく昨日編集を終え、クライアントに納品し終えた映像データの話だ。一部の40代女性に人気の舞台俳優・葛城カツラが、空中に浮かびながら口から火を吹き、決め顔で「華麗に辛れぇ〜」と叫ぶカレーのCMだ。平井にはどこが面白いのかよくわからなかったが、浮遊や炎の演出は、超低予算で撮影されたとはとても思えない出来映えだった。

「Kaori Sugimotoが入力しています……」の文字に、平井は身構えた。納品後の営業からの連絡が良い報せであるはずがない。杉本がSlackの入力を続ける。

「『※CM上の演出です』の文字をもっと大きくできませんか?」

またか、と平井は思った。近頃は、どんな表現にもクレームを入れる人がいる。そのリスクを回避し、さまざまなお客様に配慮するためにあらかじめ注釈をたくさん入れておくのだ。SNSが登場してから、よりその傾向は顕著になった。それにしても、これは過敏になりすぎだ。ビルを爆破したり、人を殺したりしているわけではあるまいし。空中浮遊と火吹きを真似する子どもがいるだろうか?

「すでに結構大きくしていますが、まだ大きくしますか? CDの栗本さんの判断でしょうか?」

平井が軽く反論をすると、すぐに杉本から返信が来た。

「それが、葛城さんの事務所からの要望なんです、、、」

「それと」

「『※これはCGです』という一文も付け加えられますか?」

ダメだこりゃ、と平井は思った。注釈を入れることで本来のCMの面白さが消えてしまっては本末転倒だ。事務所の要望とはいえ、いちクリエイターとして、この要望を二つ返事で引き受けるわけにはいかない。

「すみません。この依頼、僕は受けられません。そこまで過敏になる意味がわかりません」

平井がSlackに文字を打ち込むや否や、平井のiPhoneが鳴った。杉本からの着信だ。平井が電話に出ると、杉本が申し訳無さそうな声で話し始めた。

「本当にすみません……。でも、葛城さんがどうしても、と。」

杉本が話を続ける。

「葛城さんが、本当に空中を浮遊できて火も操れるってことが世間にバレたらまずいらしいんです。CMの演出上のCG合成だってことにしておかないと……」

いつもありがとうございます。サポートは次の作品制作に活用させていただきます。