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【化学】私が選ぶ「面白い化学元素」

 皆さんこんにちは。「346(Miyoro)」です。
 今回初めて記事を書きます。テーマは「化学元素」です。個人的に面白い(興味深い)と思う化学元素を紹介します。

1. 水素(₁H)

 原子番号 1 番、水素 H。周期表では第 1 周期の 1 族(アルカリ金属)の上に置かれることが多いですが、価電子配置的にアルカリ金属(1 個)とハロゲン(閉殻 −1 個)のどちらにも当てはまるので、1 個失って H⁺(プロトン)にもなれますし、逆に 1 個得て H⁻(ヒドリド)にもなれます。そのため、どの族にも属さないものとして、独立させて書くこともあります。
 最小の原子であり、アルカリ金属ほど還元的ではなく、ハロゲンほど酸化的でもない、まさに 1 番にして「特殊タイプ」の元素と言えます。

2. 炭素(₆C)

 有機化学の主役、炭素 C。多くの有機化合物は炭素原子が多数繋がった(カテネーションした)骨格をもちますが、これほど同じもの同士で繋がりやすい元素は他にないといっても過言ではないでしょう(カテネーションは硫黄 S などでも見られますが、炭素ほど一般的ではありません)。自由自在な繋ぎ方・組み合わせで、無数の化合物を作ります。定義にもよりますが、既知の有機化合物の総数は無機化合物より遥かに多いらしいです。
 単体に目を向けると、無色透明で非常に硬い絶縁体であるダイヤモンド(金剛石)も、光沢のある黒色で軟らかい導体であるグラファイト(黒鉛)も、実は同じ炭素でできた同素体であるという興味深い事実があります。

3. ガリウム(₃₁Ga)

 常温常圧で液体の金属といえば水銀 Hg が唯一ですが、それより少し高い温度で液体になる金属があります。ガリウム Ga です。単体金属の融点は約 29.8°C で、真夏日には融けますし、そうでない日でも手で握れば体温で融かせます。ただし、手で融かしたい場合はシミが付かないように手袋を着けることをお勧めします(ちなみに私は試したことがありません。いつかやってみたいなぁ…)。
 融点が低い原因は、Ga 原子ではなく「Ga₂ 分子」が金属結合したような構造になっていることらしいです(参考:Twitter「元素学たん」さんのツイート)。

4. クリプトン(₃₆Kr)

 化学的に不活性な貴ガスの一つ、クリプトン Kr。同じ貴ガス(18 族)のヘリウム He は吸うと声が高くなることで有名ですが、このクリプトンは吸うと逆に声が低くなります。その根本的な原因は単純で、ヘリウムが空気より軽い(密度が小さい)一方で、クリプトンは空気より重い(密度が大きい)ことです。
 これはヘリウムやクリプトンに限ったことではなく、空気より軽い(または重い)全ての気体について言えます。YouTube に、5 種類の貴ガス(He、Ne、Ar、Kr、Xe)を吸って声を出す実験動画が投稿されています。酸欠防止のため、各ガスには酸素が混ぜてあります(試す場合は酸素を 20% 以上混ぜましょう)。空気より軽い He、Ne では声が高くなり、空気より重い Ar、Kr、Xe では声が低くなっているのがわかります(放射性のラドン Rn も紹介されていますが、これはネタでしょう)。

5. テクネチウム(₄₃Tc)

 安定な核種をもたない(放射性核種のみをもつ)元素を「放射性元素」といい、原子番号が 83(ビスマス Bi)以上の全ての元素がこれに当てはまりますが、それ以前には 2 つしかありません。その一つが、この 43 番のテクネチウム Tc、そして 61 番のプロメチウム Pm です。

周期表における放射性元素の位置(赤紫色で示した)。
大半が重い方に連続して現れるが、軽い方に飛地が 2 つある

 なぜ周期表のこんなところにポツンと放射性元素があるのでしょう?簡単に言えば、これは「偶然の結果」です。陽子数 9 以上の奇奇核(陽子数、中性子数が共に奇数の核)は全て不安定となるため、もともと奇数番の元素は安定核種を得にくく(偶数番の多くが 3 つ以上の安定核種をもつのに対し、奇数番はほとんどが 1 つか 2 つ)、テクネチウムやプロメチウムの場合は運悪く安定核種がゼロになってしまったのです。厳密には、この現象は「マッタウフの通則」により説明されます。

6. インジウム(₄₉In)

 液晶パネルなどに利用されるレアメタル、インジウム In。今は日本が誇れるレアメタルは残念ながら特にありませんが、かつてはこのインジウムの生産量で日本が世界一だったのです(現在は中国、韓国に次いで世界 3 位)。
 さて、突然ですが「天然インジウムの 95% 以上は放射性」と聞いたらビックリするでしょうか。実際、インジウムの天然核種には、安定な「インジウム-113(¹¹³In)」と、放射性の「インジウム-115(¹¹⁵In)」があるのですが、存在比はなんと 95% 以上が ¹¹⁵In なのです。ただし、¹¹⁵In の半減期は 440 兆年(宇宙の年齢 138 億年の 3000 倍以上)と非常に長く、半減期に反比例する放射能は無視できるほど弱い(実質安定とみなせる)ので、その辺の心配は無用でしょう。

7. セシウム(₅₅Cs)

 周期表の 1 族に並ぶアルカリ金属は、どれも化学的反応性が非常に高い(酸化されやすい)ですが、その中でも最も反応性が高いのが、セシウム Cs です。2011 年の震災時の原発事故のせいで放射性の印象が強くなってしまったこの元素ですが、放射性元素ではありません。放射能をもつのは「セシウム-134(¹³⁴Cs)」や「セシウム-137(¹³⁷Cs)」などの核種で、天然に存在するのはそれとは別の安定な「セシウム-133(¹³³Cs)」です。

セシウムの単体金属(Wikipedia「セシウム」より)

 セシウムの単体金属は、水と爆発的に反応します。それだけでもインパクトは大きいのですが、この金属には特徴的な点が 2 つあります。1 つは「融けやすさ」です。融点は約 28.4°C で、水銀に次いで低く、前述のガリウム同様に真夏には液体になります。そしてもう 1 つは「色」です。ほとんどの金属元素の単体は銀白色ですが、セシウムの色は金のように黄色みを帯びています。セシウムが爆発的な反応を起こす一方、金は非常に安定している。同じ黄金色なのに、性質は対照的。実に面白いと思いませんか?

8. レニウム(₇₅Re)

 放射性元素以外では最後(1925 年)に発見された元素、レニウム Re。この元素の発見者となる一歩手前まで迫った日本人研究者がいました。小川正孝先生(1865 - 1930)です。小川先生は 1908 年に『43 番元素を発見し「ニッポニウム Np」と命名した』と発表したのですが、証拠不足で次第に疑問視され、やがて否定されました。後に 43 番元素(テクネチウム Tc)は天然にほとんど存在しない放射性元素であることが明らかになりました。では、小川先生が「ニッポニウム」として発見した元素の正体は何だったのでしょうか。実は、それこそがこの 75 番元素、レニウムだったと考えられています。周期表で 75 番元素(Re)は 43 番元素(Tc)と同じ 7 族で真下にあり、化学的性質がよく似ているのです。当時は 75 番元素も未発見だっただけに、非常に惜しまれます。「ニッポニウム」が 75 番元素であると同定できなかったため、発見者としては認められていません。
 さて、そんなレニウムですが、前述のインジウム同様、放射性核種の方が安定核種より天然存在比が高いという珍しい特徴があります。レニウムの天然核種には、安定な「レニウム-185(¹⁸⁵Re)」と、放射性の「レニウム-187(¹⁸⁷Re)」があり、インジウムほど極端ではないものの、¹⁸⁷Re が 60% 以上を占めます。¹⁸⁷Re の半減期は約 430 億年(宇宙の年齢の約 3 倍)で、ごく弱い放射能をもち、放射年代測定(Re-Os 法)に利用されます。

9. 金(₇₉Au)

 美しき黄金色の貴金属、金 Au。さて、金が他の金属と異なり、特徴的な黄色の金属光沢をもっているのはなぜでしょう?その要因は「相対論効果」です。詳しい解説は以下の記事(東邦大学理学部化学科コラム)に掲載されていますが、簡単に言えば、基底状態で電子が充填した 5d 軌道と、それより少しエネルギーが高く電子が 1 個だけ入った 6s 軌道とのエネルギー差が可視光相当であり、紫~青色の光が吸収され、赤~黄色の光のみが反射されるためです。対照的に、同じ 11 族の銀 Ag の場合は 4d 軌道と 5s 軌道のエネルギー差が紫外光相当なので、可視光は吸収されず、白色に見えます。

10. 水銀(₈₀Hg)

 常温常圧で液体となる唯一の金属、水銀 Hg。その融点は約 −38.8°C、そして沸点も約 357°C で、共に全ての金属の中で最も低い値です。融点だけでなく沸点も低いため、揮発性が高いのが特徴で、蒸気は強い毒性を示します。対照的に、前述のガリウムやセシウムは沸点がそれほど低くなく(順に約 671°C、2229°C)、揮発性はありません。
 さて、水銀が常温常圧で揮発性のある液体となる理由ですが、実は前述の金の色と同様、これにも「相対論効果」が関係しています。基底状態の水銀原子では 6s 軌道まで電子が充填しており、次の 6p 軌道とのエネルギー差が相対論効果の影響で拡大しています。これはある意味、np 軌道(He では 1s 軌道)まで電子が充填し、閉殻構造(次の (n+1)s 軌道とのエネルギー差が非常に大きい)となった貴ガス原子に似た状態と言えます。したがって、この単原子の配置が安定化され、原子間の相互作用が弱くなり(金属結合が切れやすくなり)、融点や沸点が著しく低下するのです。
 ちなみに、高校化学で「14 族のスズ Sn は +4 価、鉛 Pb は +2 価がより安定」と習うと思いますが、実はこれも同じ理由です。一般に、第 4 周期以降の 13 - 17 族の元素では、最高酸化数より 2 低い酸化状態が比較的安定となる「不活性電子対効果」が見られるのですが、この現象は相対論効果の影響を強く受ける第 6 周期以降で著しくなり、鉛の場合は準閉殻構造の水銀と同じ電子配置の Pb²⁺ が最も安定となります。同様に、13 族のタリウム Tl や 15 族のビスマス Bi についても、Tl⁺(+1 価)、Bi³⁺(+3 価)がそれぞれ最安定となります。水銀の 1 つ前の金 Au にもこの傾向は見られ、それほど一般的ではありませんが −1 価の Au⁻ イオンが存在します。実際、セシウム Cs との反応で金化セシウム CsAu が得られます。セシウムと金の対照性については前述しましたが、こんなところでも「混ざると Cs はプラスに、Au はマイナスになる」という対照性が見られるとは……!

11. ビスマス(₈₃Bi)

 毒性の高い鉛と異なり、毒性がほとんどないことから代替材料としてよく用いられる金属が、ビスマス Bi です。この元素はいろいろな意味で非常に興味深いです。
 まず、周期表でビスマスの周辺にある元素を見てみましょう。すぐ左側の鉛 Pb はその化学毒性がよく知られています。そのさらに左にもタリウム Tl、そして水銀 Hg と、化学毒性の高い元素が並んでいます。右隣のポロニウム Po やその 2 つ右のラドン Rn は天然に存在する放射性元素で、放射能が非常に強いです。それに加え、上にある同族(15 族)のヒ素 Asアンチモン Sb も強い化学毒性をもちます。左に 3 つ、右に 2 つ、さらに上にも 2 つと、三方を計 7 つの毒性元素に囲まれているにも関わらず、ビスマス自身はほとんど無毒なのです。これは何とも不思議なことではないですか?

三方を 7 つの毒性元素に囲まれているにも関わらず、ビスマスは無毒

 ビスマスといえば、安定核種が存在しないことが最近判明した元素でもあります。これまで、この元素の「ビスマス-209(²⁰⁹Bi)」という核種が最重の安定核種と考えられていましたが、2003 年に ²⁰⁹Bi が半減期約 2000 京年(2 × 10¹⁹ 年)の放射性核種であることが明らかになりました。この半減期は宇宙の年齢の 10 億倍以上の長さで、ほとんどの場合は実質的に安定とみなしても差し支えないでしょう。実際、ビスマスは「放射性元素」に含められないこともしばしばあります。最重の安定核種については、現在は「鉛-208(²⁰⁸Pb)」と考えられています。
 ところで、虹色の金属光沢がとても美しい、ビスマスの結晶を見たことはありますか?実はこれ、ビスマスの単体金属の色ではなく、表面に酸化物の薄い膜が形成されてできた「構造色」なのです。ちなみに、ビスマスの単体は赤みを帯びた銀白色です。

美しい虹色を示すビスマス結晶(Wikipedia「ビスマス」より)

12. ニホニウム(₁₁₃Nh)

 日本で発見された 113 番元素、ニホニウム Nh。2004 年に理化学研究所(理研)の森田先生の研究グループが合成に成功し、2015 年に同研究所に命名権が与えられ、翌年「ニホニウム(nihonium)」と命名されました。合成方法は、加速器を用い、陽子数 83 の「ビスマス-209(²⁰⁹Bi)」の核に、陽子数 30 の「亜鉛-70(⁷⁰Zn)」の核を加速して衝突させて融合させるというもので、これにより陽子数 113 の「ニホニウム-278(²⁷⁸Nh)」が生成します(この際、中性子が 1 個放出されます)。原理は数字の上では単純ですが、現実はまさに「言うは易く行うは難し」。そもそも ⁷⁰Zn のビームを照射し続けてもほとんど衝突せず、衝突しても融合する確率が極めて低いのです。実際、9 年の実験期間中に 400 兆回衝突させて、ニホニウムの合成に成功したのは、わずか 3 回でした。詳細は理研の「ニホニウム特設ページ」で解説されています。

 日本初の新元素であるという点ももちろん魅力的なのですが、それだけではありません。予想されている化学的性質がなかなか面白いのです。単体は常温常圧で固体の金属で、酸化状態は +1 価が最安定だが、性質は周期表で真上にあるタリウム Tl にはあまり似ておらず、むしろ銀 Ag や 17 族のアスタチン At に類似する、と考えられています。また、13 族元素にも関わらず、6d 軌道が結合に関与し遷移金属性を示す可能性があるという説さえあります。このような、周期表の位置からは想像もつかないような不思議な性質には、やはり「相対論効果」が関係しています。これはニホニウムに限った話ではなく、第 7 周期の多くの超重元素に言えることで、例えば 12 族のコペルニシウム Cn は化学的に不活性な液体、14 族のフレロビウム Fl は水銀に似た液体または気体(!)の金属と考えられており、逆に 18 族のオガネソン Og は固体の半金属で Cn よりも反応性が高いと予測されています。

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