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弱者な自分

2015年、私は東名高速道路の上り、静岡の裾野付近で、大きな交通事故に巻き込まれました。

その時は興奮して気がつかなかったのですが、火傷と打撲をおいました。シートベルトが肩に食い込んで、左の鎖骨が前に飛び出してしまい、体のバランスが大きく崩れました。1年間病院で泣きながらリハビリをしました。私は被害者でした。知り合いに紹介されて、弁護士に相談しました。

当時、横須賀のアメリカ軍でマッサージをしていたのですが、怪我により仕事ができなくなった分の補償を、加害者の保険会社に請求しようとしていたんです。ところが返ってきた回答は「毎月決まった月給をもらっているサラリーマンだったら、そこから何割と計算できるけれど、セラピストや治療家は、毎日決まった人数をこなしているわけではないから、該当せず」って言われたんです。そして病院に通った日だけ、「1500円の日当」をいただけました。私はこの金額と、私の弱者の立ち位置に唖然としました。私が自信満々で働いていた地位は、引きずり下ろされました。私は、国にとって「小さな存在」つまり「弱者」なんだなあ、と強く思いました。

今まで、かなりのお給料をいただいていたのが、いきなり、月3000円になりました。完全な無職です。痛いわ、悔しいわで、散々な日々でした。

その時、強く感じたのは、体を資本にして働いている私たちって、なんの保証もないんだなあ。。ということでした。それはセラピスト・治療家だけではなく、美容師、エステシャン、床屋、ネイリストなど、指や体を使って仕事をしている人たち全般の方達です。その時は、仕事が忙しく、それがずっとできる仕事だと思ってやっているわけです。ところが、私みたいに、一瞬の出来事が、あっという間に人生を変えます。

元気な時に、「他の収入を得る方法も作っておかないとダメだよ」と聞いていても、「ハイハイ。今、忙しいので結構です」とめんどくさい事を後回しにていた自分。それが、一瞬の交通事故で、無収入になりました。

何かやっておけばよかった、と思ったけれど、後の祭りです。上半身が痛いので、それほど動けません。運が悪いことに、上半身のバランスが崩れたら、今度は、足の踵が痛くて、下につけなくなりました。歩くことができなくなりました。

私は、施術することにプライドを持っていたのですが、自分が歩けない・動けない・収入がない、となると、気持ちまで病んできます。「自分はとても能力があるはずなのに、なんでこんな風になっちゃったんだろう」とかなり落ち込みました。

事故の加害者は、19歳の大学生でした。彼は、お父さんの車を運転していて、脱法ハーブを使用していました。あまり責任能力もありませんでした。



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