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[ホームズのライヴァルたち]『隅の老人』~「フェンーチャーチ街駅の謎」「フィルモア・テラスの盗難」「地下鉄の怪事件」から~【3414文字】

1891年、英国で創刊したばかりの<ストランド・マガジン>が連載したシャーロック・ホームズ譚は、爆発的な好評を博し、雑誌の売れ行きは一挙に数倍にはね上がった。

この異常人気に他紙が黙っているはずもない。
かくして陸続と独自の個性を誇る名探偵たちが登場し、名推理を競うことになった。

彼らを通称して《シャーロック・ホームズのライヴァルたち》といい、名探偵の世紀が開幕する。

東京創元社 「隅の老人」より


ヽ(≧▽≦)ノ 
ということで、ミステリ好きを名乗りながらも、バロネス・オルツィ(1865-1947)の『隅の老人』を全く、ただの1作品も読んでないのもどーかなと思って、読んでみることにしました~。


( º言º) 隅の老人
・・・ホームズのライヴァルの名探偵の一人やね。


ヽ(≧▽≦)ノ 
ですです。作中ではついに「隅の老人」の名前が明かされることなく、ミステリファンの間では「隅の老人」として呼ばれていますね。

( º言º) ところで作者のバロネス・オルツィは本名なん?

ヽ(≧▽≦)ノ 略してますけど本名です。バロネス「男爵夫人」の意味以外に、「女男爵」の意味もあり、オルツィに関して言えば、父から男爵を相続したので、女男爵とすべきでしょうね。
 
オルツィはハンガリーの貴族階級の生まれで本名は、エマ・マグレーナ・ロザリア・マリア・ジョセファ・バーバラ・オルツィです。
ちなみに、イギリスではオルツィはオークシィと発音するそうです。
なのでバロネス・オルツィは、オルツィ女男爵という意味になります。

( º言º) 名前、長ッ!ここではオルツィで統一しとこか。

ヽ(≧▽≦)ノ そーします。海外ではオルツィはミステリ作家というよりも、フランス革命の時代を舞台にした歴史ロマン小説『紅はこべ』シリーズの作家として有名です。

なぜか日本では最初の1作目しか翻訳されてませんが、『紅はこべ』シリーズは10作品以上あり、ロングセラーになっているそうです。
オルツィ自身も『紅はこべ』に愛着があり、自身はミステリ作家よりも歴史ロマン小説家だとみていたようですね。

( º言º) 『隅の老人』『紅はこべ』よりも前に書かれたんやね。

ヽ(≧▽≦)ノ 『隅の老人』シリーズ第1作、「フェンーチャーチ街駅の謎」は雑誌『ロイヤル・マガジン』の1901年5月号に掲載されました。
『紅はこべ』は1905年に演劇として上演されてますから、それよりも早いですね。
20世紀とともに『隅の老人』シリーズは始まったとも言えますね!
文庫本には、『隅の老人』の顔が描かれてますが、オルツィは『ホームズを全く連想させない独自のパーソナリティをもつ探偵』として創造したようです。


( º言º) ホームズよりモリアーティ教授を連想させる顔やね

ヽ(≧▽≦)ノ 物語のフォーマットとしては、婦人新聞記者のポリーィ・バートンが、ABC喫茶店でひとりで昼食をとっているところに、隅の老人がやってきて一方的に事件の内容を話した後に、自分の推理をまくしたてて、そして去って行く、というスタイルになっています。
当時のミステリ小説では、それほど珍しくない形式だったようですが、今ではちょっとわかりづらい小説スタイルですね。

加えて、犯人の動機や人間関係など書き込みがないので、物語に深みがなく、『隅の老人』による推理だけを聞かされても、(100年以上前の作品であるとしても)、純粋なミステリとしてはもうひとつ、といった感じですかね。
むしろ20世紀初頭のロンドンの世相を垣間見れる小説としてボクは読みましたよ。

( º言º) 世相というと?

ヽ(≧▽≦)ノ 例えば、第1作「フェンーチャーチ街駅の謎」(『ロイヤル・マガジン』1901年5月号掲載)では、婦人新聞記者のポリーィ・バートンはABC喫茶店で、ひとりで昼食をとっているわけです。
今日ではめずらしくもないですが、この時代では女性がひとりで昼食をとることは、珍しいのではないだろうか?とか。

( º言º) ほっといたれよ。


ヽ(≧▽≦)ノ 
それについて、『隅の老人【完全版】』の訳者解説で、訳者の平山雄一氏が書かれています。

物語の舞台になっている<無酵母パン本舗(Aerated Bread  Company)>は1862年にイギリスで創立されたパン製造会社で、その2年後にセルフサービスの喫茶店チェーン<A・B・C 喫茶店>を開店した。

女性が男性にエスコートされなくても食事ができる数すくない店として、人気を博したといわれている。
その後、会社は他社に買収されたが、最終的に看板が下ろされたのは1980年代の初めだそうだ。

「隅の老人【完全版】」平山雄一訳


( º言º)
 ABC喫茶店って実在したんやね。


ヽ(≧▽≦)ノ 
みたいですね。しかも19世紀後半から、女性がひとりで食事をとれる数少ない喫茶店として人気があったようです。
 
第2作の「フィルモア・テラスの盗難」(『ロイヤル・マガジン』1901年6月号掲載)では、登場人物のひとりがこう発言します。

『うちには召使いは三人います。
(略)
そのうちの二人はもう長年仕えてくれていますが、残りの一人の下働きのメイドハウスメイド)はつい最近来たばかりで、まだ六か月ほどです。(略)
客間用のメイドパーラーメイド)と同じ部屋に住み込んでいます』

「隅の老人【完全版】」平山雄一訳

この当時、メイドには下働きと客間用の違いがあるとわかるわけですね。

( º言º) 具体的にどう違うんやろか。

ヽ(≧▽≦)ノ それについても平山雄一氏が解説に書かれています。

本作には二種類のメイドが登場するが、『英国メイドの世界』(久我真樹、講談社、2010)によると「下働きのメイド」というのは、いわゆる一般的な家事をこなすメイドのことだ。
水汲み、石炭運び、掃除などの力仕事や汚れ仕事がまかされているので、なるべく主人一家や客の前に姿を見せないほうがいいとされていた

一方、「客間用のメイド」は、訪問客に対応するのが仕事のひとつだった。
執事や従僕といいった、本来であればその役目を担う男性召使いを雇う余裕のない、中産階級の過程で働いていた。
訪問客の対応や取り次ぎ、食事の給仕といった仕事が割り当てられるので、美人でスタイルのいい女性が好んで選ばれた
この作品にも女性が食事の給仕をする場面がある。

「隅の老人【完全版】」平山雄一訳

( º言º) 今やったら問題になる基準やね。

ヽ(≧▽≦)ノ 第3作目の「地下鉄の怪事件」(『ロイヤル・マガジン』1901年7月号掲載)では、単行本に収録される際に変更されている記述箇所があり、平山雄一氏がそれについて解説をされています。

最近の地下鉄電車(チューブ)とかいろいろなモーターがついた乗り物のおかげで、かっての「最良、最安、最速で、シティやウエスト・エンドへ」というキャッチフレーズはもはや時代遅れになり、昔懐かしい<メトロポリタン線>は、めっきり乗客が少なくなってしまった。(略)
 
と変更している。
ロンドンの地下鉄の代名詞「チューブ」は、厳密にはシールド工法で地下深くに作られ、当初から電化されていた1890年開業のノーザン線以降をさす
それ以前に掘削工法で作られ、蒸気機関車が牽引していたメトロポリタン線等は含まれない。
現在、われわれがロンドンの地下鉄をすべて「チューブ」と呼んでいるが、ここでは区別されているのはそうした理由である。
メトロポリタン線が電化されたのは1905年からで、この作品の発表以後だった。

「隅の老人【完全版】」平山雄一訳


( º言º)
 昔は蒸気機関車が地下を走ってたんか。煙すごかったやろな。


ヽ(≧▽≦)ノ というわけで今回は『隅の老人』シリーズの第1作目から第3作目までを読んでみました。
ページ数の都合か、動機や人物関係が書き込まれておらず、トリックも今日からみれば新鮮味や現実性に欠ける・・・というか警察がちゃんと調べさえすれば、真相は見抜けたのでは?と思ったりもしました。

一人二役や他の人物のなりすまし的トリックが使われるのは、歴史ロマン小説でも使われることがあるから親和性があったと言えそうですね。

もっと物語の背景をじっくりと書き込んだら、クリスティのポアロものの初期短編のような作品になったかもしれないので、その点がちょっと残念ですね。

( º言º) まぁ、ミステリより歴史ロマン小説が好きやったんやろな。


🔲参考資料


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