ショートショート「タイプライター以外」
ボクのおじさんは小説家だ。小説といっても夏目漱石や森鴎外のような文学作品を書いてはいない。推理小説を書いているのだ。
もっとも、おじさんは大の怖がりだ。血を見るのがなにより苦手らしい。
「あれでよく推理小説なんて書けるわね、あの子は」と母がよく言っている。
おじさんは母の弟なので、いつも「あの子」呼ばわりだ。
母はおじさんの書く推理小説を読んだことがないから知らないのだが、おじさんの書く推理小説は、誰も死なない、小さなありふれた謎をごくごく普通の人が解決するお話ばかりなのだ。
俺が書いてるのは、「日常の謎ミステリー」というのだぞ、とおじさんがボクに自慢げに説明してくれたことがある。
なぜ自慢げなのかわからなかったが、ボクはわぁーすごいんだと尊敬のまなざしで見てあげた。毎年、お年玉や誕生日のプレゼントをもらっている身としては、これくらいのサービスのひとつもしてあげるのが甥のつとめなのだ。
今日はボクの誕生日だ。いつものようにおじさんがお祝いにやってきてくれた。
「R夫、誕生日おめでとう。お前ももう10歳か。ついこの前まではばぶばぶしか言わない赤ん坊だったのにな」
などと誕生日の度に同じ前振りを言って、おじさんは上着の内ポケットから封筒を取り出した。
「誕生日のプレゼントに俺の秘蔵コレクションのタイプライターを譲ってやろうと思ったが、まだまだお前にはその価値がわからないだろうからな。そこでタイプライター以外をプレゼントにやろう。この封筒の中にあるのがそれだ。何かわかるか?」
ボクはおじさんが手にしている封筒を見た。中に何も入ってないのではと思えるほど、厚みはまったくない。
「1万円札?」とボクは言った。
「生々しいことを言うやつだな。違う。タイプライター以外と言ったろう。わからないのか。わからなかったら、プレゼントはあげないぞ」
とおじさんは調子に乗ってきた。ちょっと、うざい。
「えーっ。そんなのやだよ」
「中身を当てればいいだけだ。なんだ、わからないのか?」
しかたない。ボクは少しだけ考えてみることにした。タイプライター以外、タイプライター以外・・・。ああ、なんだそんな簡単なことか。
「わかったよ、おじさん。封筒の中身はQUOカードなんだね」
「なん・・・だと。どうしてわかったんだ?」
おじさんは拍子抜けしたように言った。
「だってタイプライターの英語のキーの一番上の列は、QWERTYUIOPでしょ。この列のキーだけで TYPE WRITERと打つことができるって前に僕に教えてくれたでしょう。で、タイプライター以外って言ったから、英語のキーの一番上の列でTYPE WRITER に含まれない文字が何かって考えてみたら、QとUとOだと分かったんだ。だからQUO、QOUカードじゃないかなって」
「・・・正解だ・・・」
おじさんは、ボクに簡単に答えを当てられた悔しそうだった。
でも簡単にわかる問題をだしてきたおじさんが悪いのだ。
「ありがとう。おじさん。おじさんからもらったQOUカードでお勉強の参考書を買うよ」
と、母に向けてのいい子アピールも忘れないボクだ。
「こらこら、そんなの買ってもロクな大人になれないぞ。推理小説を買え。それも俺の本をだ」
などというおじさんを横目で見た母が、まったくこの子は、という顔をした。
いつまでたってもおじさんは中身が子供なのだ。
そしてそんなおじさんが、ボクは結構気に入っている。