【雑感】幕間~明治と言う時代~[1404文字]

漢字に関する近代(明治)以降の流れをざっくりと辿っていくシリーズも、次回から戦後編となり、漢字最大の危機、GHQによる日本語のローマ字化のエピソードになるのですが、その前に、ちょっと思ったことなどを、雑感として書こうと思います。

明治の時代、日本では(ボクが知ってる範囲で)、自国の文化遺産に対して三つの廃止活動を行っています。

1つは廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)。
これが起きた大きな理由は神道の仏教側への積もり積もった不満というものが、明治維新を背景に大きなうねりとなったものなのでしょう。

ですが、同時に起きていた仏教美術、浮世絵などの美術品の破壊・流出は、江戸時代を含む過去の日本の文化を軽んじる(または恥じる)、当時の意識も側面としてあったのではないかと思うのです🤔。

2つ目は廃城令(はいじょうれい)
明治新政府の財政面の問題もあり、政府(軍)が使用しない城を維持するためのコストを考えれば、城をつぶし役所などを立てると言うことを選択するのは経済の面ではある意味、選択肢としてはあるのでしょう。
城を文化遺産として見るという、今日では普通の視点を当時の人たちに求めるのは困難だったのかもしれません。
しかし、根底には、江戸時代を含む過去の日本の文化を軽んじる(または恥じる)心理もあったのではないかと思うのです🤔。

3つ目が漢字廃止運動です。
漢字廃止を訴える立場の人の意見のひとつに、『漢字は日本独自のものではない」というものがあります。これは、仏教は海外からきたもので日本古来のものではない、という考えに通じるものがあるように思えます🤔。
(でもローマ字や漢字からつくられた仮名字は問題ないというのが釈然としませんが)

また、漢字は英字タイプライターのように高速で入力し紙に打ち出す機械をつくれないという意見もあったように思います。
これは、対費用を考慮した側面もある廃城令と通じるものがあるように思えます。

そして、江戸時代を含む過去の日本の文化を軽んじる(または恥じる)心理、それらも漢字廃止運動の流れのひとつであったように思えます。

明治時代の有名な知識人、内村鑑三は明治27年に『後世への最大遺物』という演説を行っています。
その中で本論とははずれたついでの話になるのでしょうが、日本の文学や「源氏物語」について語っている部分があります。
(ボクは全文を読み切っていませんので、重箱の隅をつついているに過ぎないことは承知の上なのですが)

内村鑑三 後世への最大遺物 (aozora.gr.jp)

長くなるので引用は避けますが、正直、ボクごとき考えの浅い人間には、内村鑑三の真意がわかりかねるのです💦。

もちろんこれは演説の本論とは関係のないものなのでしょうが、それでも、内村鑑三の、過去の日本文学に対する文学観は、明治という、過去の時代と決別し、富国強兵の名のもと、西洋列強に肩をならべるために邁進した帝国主義の時代と無関係では成立しなかったものではないだろうかと考えてしまうのです🤔。

時代は川の流れのようなものであり、水が途切れているように見えても地下水で流れて、また地上に出て流れをつくっていくもので、人の営みは繋がっているのではないかと思います。
 
しかし、なぜか一夜にして歴史がすっぱりと切り替わったかのような歴史認識を、往々にして日本人はもってしまうような気がします。
明治維新しかりー、終戦記念日しかりー。
ある日を境に急にすべてが変わるなどありえないはずなのですが。

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