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[ミステリ感想]「阪堺電車177号の追憶 」著:山本 巧次

作者の山本 巧次氏は1960年和歌山県生まれで、鉄道会社に勤務されている、鉄道が本職の方です。

明治初期の時代を舞台にした鉄道ミステリ『開化鉄道探偵』や、家から現代と江戸時代を行き来し、科学捜査で江戸の町で起きた事件の謎を解く『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』シリーズなどの作品があります。

阪堺電車177号の追憶 」は、第6回大阪ほんま本大賞・第15回酒飲み書店員大賞を受賞した作品です。

大阪の路面電車(阪堺電車)の177号が回想する、大坂の昭和8年4月から平成29年3月までの85年間にわたる、大阪の町とそこで生活する市井の人々がかかわる6つの事件の短編集となります。

177号列車が意志を持つというファンタジー的設定ですが、エピローグを除けば、各短編の冒頭部で事件の導入として回想を始める部分でのみしか177号のモノローグはありません。
あとはその時代で生きる大阪の人々のお話で、177号はあくまでも路面電車として登場します。

会社の重役たちの会話で自分が廃車になることを悟った177号は85年間の追想を始めます。

177号は周りの風景も音も意識から締め出し、しばし思いを馳せた。今まで載せてきたお客さんは、どれだけいるやろ。何万人?いやいや、とんでもない。何百万人や。ことによると、千万人かも知れへん。住吉さんの初詣なんか、毎年、一日で何千人も運んだで。ああ、ほんまに有難いこっちゃ、いろんな人が乗って、いろんなことが起きたわなあ。

「阪堺電車177号の追憶 」著:山本 巧次

まだ市井の多くの人が平和な日々をすごせていた時代、昭和8年4月の『二階の手拭い』から始まり、女性が車掌運転手を務めなくてはならなくなった戦争末期の時代、昭和20年6月の『防空壕に入らない女』、敗戦から復興しもはや戦後ではないといわれた時代、昭和34年9月の『財布とコロッケ』、高度成長期のフィナーレともいえる大阪万博の時代、昭和45年5月の『二十五年目の再会』、昭和の末から始まり平成とともに弾けたバブル期の終焉の時代、平成3年5月の『夏の終わりは幽霊列車』、バブル後の今は死語?となったパパラッチが跋扈した時代、平成24年7月の『鉄チャンとパパラッチのボルカ』までの6つの短編は、ミステリー仕立てが基本となっていますが、謎そのものは、決して複雑なものでもなく、大掛かりなトリックもなく、日常の謎系といってもいいものです(ただし、時代の闇もあり、善人しか登場しないという作品ではありません)。
 
純然たる謎解きを求める方であれば、肩すかしを喰うかもしれませんが、大阪の町の変遷とそこに生きた人々を描くということが主題であれば、作品のバランスとしては、このほうがよいと作者は選択したのだと思います。

むしろ異なる時代の大阪の町の空気や、登場人物が年齢を重ねて、複数の作品に顔を出し、過去の時代の出来事との関わりや解明されていなかった伏線が説明されるところがこの作品の魅力であり、エピローグの177号が迎えるラストの後味の良さも、その魅力に含まれるのではないかと思います。

作品に取り上げられた時代を大阪で過ごした方にとって、あーたしかにそんな時代やったなあという懐かしさを感じてもらえる作品ですが、そうでない方にとっては、大阪の一部地域はあの時代、こういう空気だったのかと感じてもらえる作品になるのかも知れません。

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