見出し画像

小説・Bakumatsu negotiators=和親条約編=(4)~交渉3日目~(1374文字)

※ご注意※
これは史実をベースにした小説であり、引用を除く大部分はフィクションです。あらかじめご注意ください。


1854年1月24日
3回目となる日本とロシアの交渉が行われました。場所は同じく長崎奉行所の西役所です。
 
交渉に先立ち、ロシア側の随員である海軍少佐ポシェート名で、ロシア側の主張をまとめた書類が日本側に提出されました。

この日も交渉は双方譲らず、平行線のままでした。
 
「通商するかしないかの返答だけで三、五年もかかるとは信じられません。速やかに返答をいただかねば、我々としてはー」
 
我々としては江戸にいる最高位の者との直接交渉に行かざるを得ない、と言いたげな含みをあえて残し、プチャーチンは日本側の出方を探ります。
さて、日本側はこれで、どうでるか。
 
ふむ。
川路 聖謨かわじ としあきらは、どこ吹く風とばかりに受け流します。

「時にプチャーチン提督。貴国のレザノフと申される御仁が、以前、我が国との通商を求めて長崎にこられたのは・・・はて、あれはいつのことでしたかな・・・」
川路 聖謨かわじ としあきらわざとらしく考えるふりをしました。

「おお、そうだ。たしか今からちょうど50年前でござりましたか。
そして、50年後の今、プチャーチン提督が我が国との通商を求め長崎に来られた・・・。いやいや、50年でございましたか。なごうございましたな。それに比べれば、三、五年程度を待てないと申されるのが、わたしは、とうてい・・・」
 
理解できません、と川路 聖謨かわじ としあきらも言葉に含みを持たせ、続けて言いました。
 
「レザノフ殿には、我が国は鎖国をしてる故、通商はできぬとお断りを申しましたが、どうもそれが気にさわられたのか、レザノフ殿は腹いせのように我が国の樺太と択捉を武力攻撃されましたが、プチャーチン提督がそのようなことを、よもやなされることはないと信じております」
 
「・・・・誓って言いますが、わたしはそのようなことは断じてしません」
 
「それを聞いて安心いたしました。また我が国で貴国による暴力や略奪行為が行われたら、わたしが責任を取って、腹を切らねばなりませんからなぁ」
 
そう言いながらも、にこやかに川路 聖謨かわじ としあきらは笑顔を浮かべます。

過去のこちらの古傷を持ち出して、しれっと樺太と択捉を我が国と言ってきたか・・・。つついてみたら、とんだ藪蛇だったな。

プチャーチンは内心、川路 聖謨かわじ としあきらのしたたかさに舌打ちをうちました。

「レザノフのことはさておき。50年前と今では世界が違うのです。鎖国政策を続けられてきた貴国には、まだ実感できていないかも知れませんが、西欧列強が持つ蒸気船の軍艦一隻は、貴国の船が数十隻あってもまともに相手にはなれないでしょう。よいですか、これは船だけの話です。兵器ともなれば、貴国と西洋列強との差は歴然。すぐにでも鎖国を止め、蒸気船や兵器を手に入れ、西洋列強に負けぬように、軍備を強化しなければなりません。わが帝政ロシアは、西欧でも強国です。我がロシアと通商いただければ、貴国のためになることは間違いありません。これは我が国の皇帝陛下の願いでもあるのです」

プチャーチンの力説を、にこやかに聴きながらも、一切の言質を決して与えない川路 聖謨かわじ としあきらでした。
 
こうして第3回目の会談も、なんら結論の出ないままに終わるのでした。
【続く】


■参考資料



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?