[SS]「ハーメルンの笛吹き男」(1378文字)

「ところで、お前は『ハーメルンの笛吹き男』というのを知っているかね?」

その男は急に私に質問をしてきた。

「『ハーメルンの笛吹き男』?。ああ、グリム童話だったかな?」

「童話じゃない。1284年6月26日にドイツの街ハーメルンで起きた正真正銘、本当の事件だ。グリム童話は史実を元に作られたものにすぎん」

「そうだったか。よくそんなことまで知っているんだな、君は」

「博識でなきゃ、泥棒なんてやってられんさ。1284年6月26日、ドイツの街ハーメルンで、大人たちが教会に行っている間に、笛を鳴らし通りを歩く笛吹き男のあとを130人もの子供が、ゾロゾロとついて行き、町から出て行ったあと消息を絶ってしまったという事件ー。
笛吹き男とは何者なのか?子供たちはどこに行ったのか?今も未解決の謎だ。どうだい、探偵のお前にとって、興味のそそる事件だろう?」

「あいにくと。歴史の謎というやつには興味がなくてね」

私はソフト帽をかぶり直して言った。警察が駆け付けるまでの時間、こいつの話に付き合ってやるのもいいだろう。

「ふん。つまらん俗物だな、お前は。案外、お前はハーメルンの笛吹き男の末裔じゃないのか?」

「この私が?なにをくだらないことを。私のどこがハーメルンの笛吹き男なんだ?」

「130人とは言わないが、それでも大勢の子供たちを集めて、探偵ごっこをさせているじゃないか。オレに言わせりゃ、お前はハーメルンの笛吹き男と同類だぜ、明智」

「ハッ、その探偵団の子供たちをかどわかした君の方こそ、よっぽどハーメルンの笛吹き男にふさわしくはないかね、二十面相くん」

その男、二十面相はよせやいとばかりに、縄をかけられた両手をあげた。

「オレは探偵団の子供たちにかすり傷ひとつもつけてないぜ。かどわかしたなど、人聞きの悪い。あれはー、そうだな、いうなればほんのひととき、つかの間の美しい夢を見せてやったのさ」

「美しい夢を見せてやった、だって?」

「ああ。うつし世の醜さ、おぞましさを忘れさせ、つかの間の美しい夜の夢を与えてやってるのさ。お前にはわからないだろうな、明智。あと数年もすれば子供たちはみな大人になる。かって純真だった子供たちを待ち構えているのは何だと思う?人と人が殺し合う地獄の世界だ」

「やれやれ、君にはこの世がそんな風に見えているのかい?それほどこの世は醜いとは思わないがね、私は」

「お前の目には見えてないだけだ、明智。あと数年もすれば、お前にもわかるさ。そしてハーメルンの笛吹き男の正体も」

「なんだって?二十面相、それはどういうー」

意味だ?と言いたかったのだが、警察官たちがやってきたため、最後まで言えなかった。

ご苦労様ですと私は言い、縄をかけられた二十面相を警察官たちに渡した。私に敗れたときに抵抗をしないと約束していた二十面相は、大人しく警察官が乗って来た車の中へと連れ込まれていく。

「この国だよ、明智」

最期に、二十面相は、囁くように言い残して、そして消えた。

ほどなくして、二十面相を連れて行った警察官たちは、偽物で二十面相の手下だったことが判明した。

帝都を騒がせた怪人二十面相が、子どもたちの前から姿を消したのは昭和13年の年末であった。
それからわずか三年後の昭和16年に太平洋戦争がはじまり、多くの子どもたちは連れ去られて行ったのだった。
ハーメルンの笛吹き男という国家によって。


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