見出し画像

【ミステリ感想】『境内ではお静かに~縁結び神社の事件帖~』

『私は嫌いな人に会ったことが一度もない』と名言を残したのは映画評論家の故淀川長治さんだったでしょうか。
かくいうボクも、『美人の巫女さんが嫌いな人にリアルワールドで会ったことが一度もありません』。単にボクの周りのいる人たちの嗜好の偏りの結果かもしれませんが^^;。

とまぁそんなことはどうでもよくて。
推理力の優れた十六歳の巫女、『久遠雫』が主人公の連作短編集『境内ではお静かに~縁結び神社の事件帖~』を読み終えました。


物語の舞台は横浜市にある源義経を祀る源神社。

大学4年になる直前に、とある理由で大学を中退した坂本壮馬は、年の離れた兄が婿養子に入って宮司をしている源神社に住み込みで働くことになります。
そこで出会ったのが、先代宮司の一人娘の琴子さん(兄の奥さん)の遠縁にあたる、札幌市の神社からやってきたという16歳の少女巫女、久遠雫。
彼女は神社に参拝にやってくる人たちにはきわめて愛想がいいが、それ以外の時は表情が絶対零度になる美少女でした。

「それに、参拝者さまと話すときと表情が違って当然。愛嬌を振り撒くのは、巫女の務めですから」

境内ではお静かに~縁結び神社の事件帖~

しかしだからといって心が冷たいのではなく、少しずれたところがありますが、彼女なりに人を励ますこともできるのです。

「神さまはいません。少なくとも人の私怨を晴らしてくれるような暇な神さまは」

境内ではお静かに~縁結び神社の事件帖~

5つの短編のうち4つの短編は人が死なない、大きなトリックもない、神社に関係した(しかし解決に専門知識は不要)、ミステリのジャンルでいえば日常系にカテゴライズされる謎のミステリです。

しかし、ややもすればタイトルから想像されがちな、砂糖菓子のような甘いラブコメ的和風ミステリを期待されていると、戸惑うかもしれないようなビターな味わいのある事件とその解決が提示されます。

事件一つ一つは、とても伏線の張り方がうまく、ああ、あれはそういう意味だったのかと合点がいく、本格ミステリの魅力のひとつである伏線回収の妙を味わせてくれます。
 
そして、最終話に至たり、それまで張り巡らせられた未回収の伏線がつながり、探偵役だった久遠雫の内面に押し殺されていた感情が一気にほとばしります。
それは憎悪であり後悔であり呪縛であり、自らを押しつぶす負の感情でした。

ボクにとって、本格ミステリとは『殺人という混沌で崩壊した世界を、神に等しい存在の名探偵の推理によって秩序を回復して世界を構築しなおす物語』でした。

それゆえ、探偵は閉ざされた世界外からの部外者・来訪者であり、決して事件の当事者として心が大きく傷つくことのない、犯人と真相の冷徹な探究者です。
だからこそ、ワトソン役は探偵の礼賛者であり伝記作家であり、引き立て役であり、ときに意図せずに探偵に啓示を与える存在でしかありませんでした。

しかし21世紀の新本格ミステリにおいては、ホームズ役は傷を負った心を隠しながら自身の事件の核心へと突き進み、ワトソン役は探偵役の礼賛者の地位に甘んじることなく、ホームズ役の救いとなる存在へと昇華したのではないでしょうか。
最終話で、神社は祀る死者を利用しているのが嫌だから信心ゼロと自ら言い切っていたワトソン役の坂本壮馬が、ホームズ役の久遠雫を救うためにとった自らを否定する言動を読んで、ふとそう思いました。

ラブコメ全開というほどには軽すぎず、かといって救いのないほどに重すぎず、適度な(ちょい重めか?)シリアスさの(もどかしさを残しながら次巻へとひっぱっていくところがちょっとですが)、そして神社に関するウンチクは知識のないボクにはへぇーと勉強にもなる(知ってる人にはいまさらでしょうが)ミステリでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?