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【ミステリ感想】『怪人二十面相・伝』、『青銅の魔人―怪人二十面相・伝』北村想(著)

個人的に思うのですが、江戸川乱歩は緻密な構成力があまりない作家だったのではないでしょうか。

乱歩自身は、純粋な本格ミステリを好みながらも、彼の作品で本格ミステリ色の濃い作品は、デビューして間もない時期の短編に集中し、代表的な長編は本格ミステリ色の薄い通俗的な作品ばかりです。

それゆえ乱歩は自らの虚名に対し自己嫌悪に陥いり、スランプになることがありました。

その乱歩に雑誌少年倶楽部が連載を依頼します。
そして昭和11年より、乱歩は『怪人二十面相』の連載を始めます。
少々ストーリーが破綻していても、トリックが荒唐無稽であっても、それを押し切ってあまりある、怪人と少年探偵団との手に汗握る知恵の戦いは、当時の少年たちを虜にしました。

そして戦後の昭和24年、乱歩は『青銅の魔人』で再び怪人二十面相を復活させ、小林少年と少年探偵団、明智小五郎との知恵の戦いの物語を、長らく書き続けます。

おそらく乱歩は怪人二十面相が、どのような生い立ちを経て怪盗になったのか、ということを、全く考えていなかったのではないでしょうか。

昭和32年に連載された『サーカスの怪人』で明らかにされる、『怪人二十面相は青年時代、グランド=サーカスというサーカス団の曲芸師で、遠藤平吉という名前であった』という設定も、おそらくこの作品だけのもので、他の作品との整合性を乱歩は考慮していなかったものと思われます。

しかし、二十面相の本名らしきものが語られるのはこの作品だけとなっているため、怪人二十面相=元サーカスの曲芸師、遠藤平吉ということにならざるを得ません。

ただそれだけの記述をもとに、戦前・戦中・戦後の昭和の時代を舞台に、少年時代・青年時代の遠藤平吉を主人公にして、北村想氏が大胆な着想で描いたのが『怪人二十面相・伝』と、その続編『青銅の魔人―怪人二十面相・伝』です。

孤児の少年・遠藤平吉はサーカス団に入団し、そこで武井丈吉というサーカスの天才に出会い、父のように慕います。
が、武井丈吉はサーカスから姿を消し、怪盗になるべく自らを鍛錬し、初代・怪人二十面相として世に出ます。
この作品では、初代・二十面相の武井丈吉と初代・明智小五郎との知恵の戦いがメインに繰り広げられます。

そして、初代・二十面相の武井丈吉は行方不明となり、時代は戦争へと突入し、敗戦を迎えます。
生き残った遠藤平吉は、焼け跡で弟を亡くして孤児となった8歳の少女、葉子と出会い、かっての自分を見出したのか、「明日からわしと一緒に来るか?」と言葉をかけます。
「お兄さんは何の仕事をしているの」という葉子の言葉にしばらく考えていた平吉は答えます。
「泥棒じゃ。わしはな、怪人二十面相という大泥棒なんじゃ」と。

『怪人二十面相・伝』、これは遠藤平吉が戦後に、二代目怪人二十面相を宣言するまでの物語です。

そして『青銅の魔人―怪人二十面相・伝』は、戦後の昭和24年、青銅の魔人として東京を騒がす二代目怪人二十面相となった遠藤平吉が、戦前は小林少年であった、二代目明智小五郎と知恵の戦いを行う物語です。

両作品は、戦前・戦中・戦後の世相を鮮やかに描き、乱歩がついに想像しえなかった二十面相の生い立ち、誕生を、怪人側から緻密に描いた作品です。
(作品としては、戦前編の方が完成度が高いような気がしますが)

のちに、『K-20 怪人二十面相・伝』というタイトルで、映画化されますが、映画版は小説 『怪人二十面相・伝』と関係ないオリジナル版とみるべきでしょう。
 
『怪人二十面相・伝』があくまでも歴史に忠実で時代の世相を描いているのに対し、映画『K-20 怪人二十面相・伝』は戦争が回避されたあとの昭和24年という大胆な歴史改変を行っており、内容も純粋なアクション映画であり、遠藤平吉の生い立ちから怪人二十面相になるまでを、当時の世相を鮮やかに再現した小説『怪人二十面相・伝』とは別物です。

『怪人二十面相・伝』は、謎解きはありませんが、これはもうひとつの怪人二十面相の物語。
少年探偵団の物語をむさぼるように読んだ子供たちが大人になって味わう娯楽小説です。



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