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[補筆] 秋水/エンジンの裏側に見えたわざ(3)

In-N-out

 大学でもその後就職した場所でもだが、研究を行い報告する際にはconsistentかどうか(理工学系ではあったりまえなのだが)がかならず問われる.因果関係、ロジックはきちんと整理され、繋がっていなければならない.技術の世界でもそうだ.inputや要求があって、outputとしての形が現れる.もちろんouputにはそれまでのつながりが絡むから、要求が同じだからといっても必ずしも同じもの、形状になることはない.
前回までいくつか疑問点と仮説を出してきたが、これらを整理すると

inputや要求が十分でないのに、なぜoutputできかつ瓜二つとなりえたか

を問うていることになるだろう.

ポンプの世界にみえたわざ

秋水本[1]と並行して、山名正夫の”最後の30秒”[2]という本を読んでいる.この本は柳田邦夫の”マッハの恐怖”[3]で大きく取り上げているといえば、思い出す人も多いだろうと思う.”逆噴射”の墜落事故前の、1966年羽田沖にB727が墜落した事故である…考えてみると日本は世界最悪の航空機事故を2回も起こしてるのね…
山名さんの著作は極めて明快であり、consisitencyに貫かれている.結果が生じるにはかならず原因があり、丹念におっていけば原因が見えてくるというものだった.柳田さんの山名さんへのインタビューでも

”力学的な観点から徹底的に明らかにすることが、すべての出発点…その結果は、力学的な論理で繋がれていなければなりません”

とある.秋水のエンジンもまた、おなじである.その一例は以下のポンプで明確だろう.秋水のポンプのイメージは以下の通りである.トレースしたものだからあちこち簡略化しているが.

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ポンプはV-2のと同じ一軸型で中央に駆動力を発揮するタービンが存在する.V-2のはこれを拡張したものと考えていい.左下から燃料が入りインペラで加圧される.酸化剤は左下から入りこれまたインペラで加圧されるようになっている.このためインペラが発生させる推力は向きが逆となり相殺されるというわけ.インペラの前には前翼がある.LE-5などと同じ図記載方式であるとすればインデューサのことだろうが、図からは詳細はわからない.
これのもとになったのが下記のHWK109-509のポンプである.

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レイアウトが一致するように左右を反転しているが…たしかに詳細は異なっている.たとえばインペラの回転部形状とか、C液側の軸受はコロ軸受になっているところなど(秋水のは玉軸受…松岡さんはこれをコロ軸受と記述しているが、どうみたってタマである).苦労した結果がこの相違になっているとみられる.ケーシングなどの外形形状やネジ部、継ぎ手部などもほぼ瓜二つであることがわかろう.
オリジナルがどうであれ、苦労して開発して手に入れたものは再利用したくなるのは当然である.平岡さんの随想[4]の9回目に研究開発で硝酸/ケロシンのロケットを設計製作し、インデューサを作ったと記載されている.この時のポンプは、@DirGさん(twitter)が見つけた図面がある[5].以下に転載させていただく(すみません).

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燃料側のインペラは推進薬の変更に対し対応していて直径107が120mmへ、一方の酸化剤はほぼ変わりがない.両者共新設計のインペラが付いており、これはHWK109-509と似ているものの別物である.しかし全体形態はそのままであり、秋水のポンプ開発を引き継いだものであることは明瞭である.秋水で得た技術は十数年後のこの試作ポンプへつながっていた.もちろんこの後日本は酸素水素を選んだこともありポンプも様変わりし、この系統のポンプは途絶えることになるが.

噴射器の背後にみえたわざ

一方の噴射器も研究開発は秋水と並行して進められていたことがわかっている.
1945年にアメリカ海軍は戦略調査団とは別に独自の技術調査団を結成、日本海軍の持つ技術、研究などの調査を実施した[6].航空機や艦船についてはあまり目立つものはないのだが、電子機器、兵装のほかに燃料や塗料の項目がある.2020年の当初、戦艦大和の砲塔組立に関する情報を収集する際に参照していたのだが、ここにロケット燃料[7]という項目があるのでチラ見していた.
資料[7]のタイトルは“過酸化水素-ヒドラジン系ロケット燃料研究”である.この資料のp.101 Enclosure (B) 10が、”Studies on the combustion of hydrogen peroxide and hydrazine hydrate” とまあ、ドンピシャな項目だった.1944年年末から45年にかけて海軍が行なった(たぶん空技廠か大船)秋水のための燃焼研究に関するレポートである.担当は志茂(SHIMO?)さんという方で、化学を専門とする尉官とある.研究対象は二種類の噴射器の性能を取得することであり、秋水と全く同じ成分の推進薬(O/Fは10/3)、噴射量は780g/sとして試験をしている.噴射器は以下のニつのモデルであった.part2に提示した秋水用(図右)そのものと特呂1号にバルブ傘を取り付けたタイプ(図中左、nozzle No.1)である.

要素試験インジェクタ

試験系統図

これをスロート30mmの燃焼器に組み込み、現代と同じように単一エレメントでの燃焼試験を行なった.基礎試験であるから当然推力と燃焼圧は測定していて、推力計測はアーム部の変形に伴う誘導電流を測定することで求めるものだった.なかなか面白いやり方をしていることがわかる.推力計測結果はブルドン管を用いたようで、結果は以下のようなものだったという.燃焼圧がゆるゆるとあがっていって最終的には13秒あたりで定常になっている.これはa)推進薬タンク供給圧が追いつかなくて遅れた、b)燃焼器が冷たく熱を奪われて性能があがらなかった、c)ブルドン管までの距離が長くて計測に遅れが生じた...などの理由がいくつか考えられるが、状況はレポートからははっきりしないので、決め手に欠ける.

推力計測結果

成績

結果をCEA計算をもとに評価すると…燃焼圧10kg/cm²...ゲージだから絶対圧とすると1.08MPaA.
 実験C* = 1.08MPaA*(30mmスロート断面積)/推進薬量 = 888 m/s
 理論C* = 1419m/s
よってC*効率(しーすたーと読む)は888/1419で0.69となった.C*とはノズルスロートより内部の、つまりエンジン内部での燃焼状態を評価する値なので、秋水の噴射器の性能は理論値の69%程度であることがわかる.もちろんこれは燃焼圧をあげると上がるので秋水のエンジンのそれは70~75%にはなったろう.現在のロケットのC*はまず90%を下回ることはないから、相当の改良の余地はあると言える.
この実験は1944年12月スタート、1月に設計、2-3月に設備をつくり4月から試験開始、この試験結果は夏に得られたものという...80kgfの推力と1MPaの圧力計測を行うにこれだけの時間がかかっているのだから...秋水の推力、圧力および流量計測は行えなかった、というか間に合うはずはないから諦めていたとみてよいと思う.これが日本の当時の技術力、ロケットの能力であったことは確かで、松岡さんの著作[1]にあるように”世界のトップレベルに近いもの”であったと言い切るには勇気がいる.だが、このレベルでなんとか作り上げていった先人たちの作業はやはり賞賛に値するものだろう.

背後のわざからみえたエンジンは

すでにWWIIが終わって75年が立ち、記録を焼却してしまっているので、当時どういう情報が日本に来ていたかとか、現物があったのかなかったのかなどを議論しても意味はない.最近アレクサンドロス大王の書籍を読んでいるのだけれど、一次資料はもうないのだからローマ時代の文献を調査する研究が主に行われている(た)という.秋水もこれと同じであり、昔の戦史とか日記、二次三次の資料を見つづけても意味はない.あるのは山名さんと同じ手法、つまり残されたものから断片を見て論理的につなぎ合わせていくこと、のみである.
ここまで読んでくださった方々には、推理小説みたいに疑念をぶちまけておいてなにも解決できてないわけで大変申し訳ない.しかしながら数字をみて、図をみて、そこにつながるものを見つけていくことはできるかもしれないと感じていただけたのではないかと思う.
このぼんやりとした状況は、具体的に言えば、

a) 科博にある種子島時休さんのロケット関連図面となかなか見当たらないHWK109-509の図面の比較評価
b) 静岡にあるHWK109-509現物、MHIの残存資料とリノの現物の調査

を行うことで、なにをどのようにコピーしたかどこを日本で独自に作り上げていったかがわかってくるはずだ.そしてそこから当時の先人たちの苦労が滲み出てくることだろう.

ということで三回にわたった、秋水の、そのエンジンについての補筆は終わりとしたい.

PS 科博にあるというエンジン資料は、分類調査しておく必要があると思うのだけど…誰かやりませんか?

参考文献
[1] 松岡久光、液体ロケットエンジン機の誕生 日本初のロケット戦闘機秋水、三樹書房、2004.
[2] 山名正夫、”最後の30秒ー羽田沖全日空機墜落事故の調査と研究”、朝日新聞社、1972(昭和47年).
[3] 柳田邦夫, “マッハの恐怖,” フジ出版社、1971(昭和46年).
[4]平岡坦、”落穂ひろい”、日本ロケット協会、No.117〜127、1975(昭和50年).
[5] http://orbitseals.blogspot.com/2018/05/le-1-rocket-engine.html
https://twitter.com/dirg_rocketdyne/status/919072164522835968
[6] https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/NTM-1.php
資料はこちらから読める http://www.fischer-tropsch.org/primary_documents/gvt_reports/USNAVY/USNTMJ%20Reports/USNTMJ_toc.htm
[7] USNTMJ, JM-200-L-X-38(N)-5, Japanese Fuels and Lubricants-Article 5, Research on Rocket Fuels of the Hydrogen Peroxide-Hydrazine Type.


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