身内の死に対して

4年前に、祖父を亡くしました。

3年前にはよく面倒を見てもらっていた親戚のおばちゃん、バイト先で声をかけてくれたり帰り際にお菓子を持たせてくれた店長のお母さんが亡くなりました。

私の母は、「19歳の時に自分の母(私から見て祖母)を自殺で亡くした」と去年打ち明けてくれました。

身内の死、慣れるものではありません。

あまりの悲しみに心身に影響を及ぼすことも少なくありません。

人生で戦わなければいけないストレスの中でも、特に大きなものでしょう。

私なりの、「身内の死に対するストレス」との戦い方をまとめます。

1、「死を引きずらない」

「あの人が生きていたら…」「不本意な最期だったんじゃないだろうか…」

身近にいたからこそ、亡くなってからたくさんの思いが生まれてきます。

その思いは時間とともに消化して前を向くことができる人もいますが、そうでない人もいます。

大事なのは、自分の死によって残された人が苦しみ悩むのは亡くなった方の本当の思いではないということ。

死は死として「その人の命は終わった」と正しく認識することが大切です。続いていたら…なんてことは「空想」の話に過ぎません。

「人は過不足なく人生を終える」ことを認められるように努めましょう。

2、「死後の世界」

「あの人は天国に行けたのだろうか」「地獄で苦しんでいるんじゃないだろうか」(※天国=極楽とします)

残された人は、このように死後の世界に思いを馳せているかもしれません。

ここで覚えていただきたいのが

「死後の世界は、亡くなった本人ではなく残された人が決める」ということです。

残された人(多くは家族)が「天国へ行ったんだろう」と思えば、亡くなった方は天国にいることになります。

あなたがするべきことは、狼狽えたり心配することではなく「天国にいるその方を想像すること」です。

そう思った瞬間、亡くなった方はなんの心配もなく天国にいることになるのです。

3、「自分の心になじませる」

日本では火葬が主なため、亡くなった方の身体は骨としてしかこの世には残りません。

しかし、生きていた証は残していってくれているはずです。

もちろん、一時の悩みや苦しみもそうです。

そういった思いと向き合い、消化して自分の心に馴染ませていく。

異物として心に残らないように、自分自身を苦しめないように、馴染ませていきましょう。

時には、体を動かしたり友達と食事に行ったり家族で旅行をしたり、しばらく忘れることがあってもいいでしょう。

悲しい感情は、同じ大きさの楽しい感情によって少しずつ消化されていきます。

この行程は、時間がかかっても全く問題ありません。

人によって消化するスピードは違いますから、自分に合ったペースでないと消化不良を起こしてしまいます。

不意に涙が出たり、悲しみに襲われるときは、その気持ちを押しつぶそうとせず、もう一度さっきの方法で「消化」してあげましょう。


この3点を納得できるまで繰り返すことで、私は悲しみに襲われる前よりも強くなって新たに歩を進めることができています。


大きなストレスに勝つことで得られる、あなたの幸せと健康を願っています。



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