もう、お笑いは観ないだろう②~懺悔のようなもの~

 前回、なぜお笑いを観なくなったのか、を話した。事細かに話したが、あれはごく一部のようなものだろう。掘り下げれば、まだあるのかもしれない。地球における核に届くくらい掘り下げてみたい。
 これは、自分の懺悔みたいなものだろう。これを読んで、自分みたいにならない人がいることを願う。

 自分は、かなり自己肯定感が低い人間だ。今でも。ここを掘り下げると長くなりそうなのでやめておく。
 そのくせ、突拍子もない行動に移すことがある。自分が、何故か時々、焦燥感に駆られ、不安が頭を蝕み、倦怠感に苛まれて、そうなることがある。
 マッチングアプリで知り合った一人の女性に振られて、やけくそになってた時期があった。もうマッチングアプリは、お金かかるし、辞めよう、と思った。嫌な気持ちになることは間違いなかった。そもそも、自分に合っていない。
 それから2カ月後、とある本を読み、「自分だったらお笑い好きな人と仲良くなれる、もしかしたら、付き合えるかもしれない」という傲慢な勘違いをして、Twitterのダイレクトメール機能をオープンにしている、特に女性と思われる人に、いきなりメッセージを送りつけた。「自分は、お笑い好きです。仲良くしてくれたら嬉しいです」という内容のメッセージを。不特定多数に。特に、自分の住んでいる地域の近くと思われる人に。完全な暴挙だ。でも、お笑い好きだったら、振り向いてくれるかもしれない、という当てのない確信めいたものを抱きながら、マナーという言葉も知らずに、一心不乱に送りまくっていた。フォローを返してくれる人もいれば、ブロックする人もいた。一時期、数少ないフォロワーにブロックされて傷ついてしまうことが多かった。しかし、このお笑い関係で仲良くなろうとしていた時期は、どうもハイになっており、「どうせブロックされてもいい」という、タガが外れた感じになっていた。
 誰かと仲良くなりたい、という焦燥感が蠢き、頭の中で駆け巡っていた。数少ない信頼してた人も、自分とは、もう物理的にも、精神的にも離れているかもしれない、そう感じていた。本来なら、友だちは少なくてもいい、孤独でいいものを、自分は、人と繋がろうとしすぎた。完全なるエゴイスティックな行動だ。そればかりが先行していた。自分は、交際経験がない、童貞である、ということに、恥じらい、焦りを感じていたのだろう。馬鹿にされたり、マウント取られたり、劣等感が強くなっていた時期もある。

 Twitterで、様々な女性に、お笑いライブを誘った。数えきれないくらい。自分は、顔には自信がない方なのだが、お笑いのことなら夢中で語れると思ったので、直接誰かと話したい、お笑いを通じて仲良くなれたら、と願っていた。その反面で、顔が見えないから、美人だったらラッキー、普通でも、お笑い好きな人と話せるからいいか、というよくわからないスリルを楽しんでいた。
 中には、飲みに行ってくれる人もいた。正直嬉しかった。でも、深い関係が築けなかった。
 実は1度だけ関係を持ったこともあったが、酔っていてあまり覚えていない。
 それから学んだことは、ネット上の関係は深く築けない、ということだった。もっと早く気付けばよかった。

 一時期、お笑いに関するオフ会を開いていた時期があった。
 中には、お笑い芸人さんも来てくれたり、Twitterを見て、来てくれた人もいた。良い人もいたが、わがままな人がいて、そのせいでトラブルも起きて、やめようと思った。実際に、1年間、開いていない。
 多分、お笑いを踏み台にして、人と繋がろうとして、安心感を得ようとして、傲慢で威張った態度を取っていたのだと思う。

 本当にお笑いが好きだった。お笑い関係で知り合った人に、「そんなにお笑い好きだったら、ライブ開いてみたらどうですか」と言われた。
 実際に、大好きで、ライブを開いた。ナイツの塙さんのM-1の本を取り上げたトークライブだったが、自分が上手く回せず、そのことをアンケートに指摘されて、ショックだった。好きな芸人さんや尊敬している芸人さんも呼んだが、もう合わす顔がない。尊敬していた先輩に、「もうお笑い辞めます」と言ったら、「これからだ、頑張れ、今までのことはムダじゃないから」というエールをもらったが、それすら響かなくなっている。良い言葉なのに。
 ライブを開いたことは、マスターベーションに等しい。完全な自己満足だ。来てもらった人、協力してもらった人には申し訳ないことをした。あの時はどうかしていた。穴があったら入りたいくらいだ。
 M-1にも出たが、うまくいかなかった。アマチュアの社会人専用のお笑いライブにも出たが、スキルが全然足りないうえ、ミスをしてしまい、それが動画で配信され、恥さらしをした。身の丈に合った行動をするべきだった。

 もうかなり人が離れてしまった。「正直言って、自分のことばかりしゃべりすぎてキツいです」とか言われたり、LINEを送ったら、「もう送ってこないでください」と言われたり、Twitter、LINEなどのSNSでもブロックされたりした。それで、自分が自分で無くなるような感覚に陥った。
 お笑い好きのわがままだった女性に、「あなたと距離を置きたい」と送ったら、「男性を紹介してください」と言われて、そのことがまだトラウマになっている。その人も、お笑いで知り合った人だった。利用された感じだった。
 前に書いたが、ネット上の人と、リアルで繋がろうとしすぎて、人生が狂った。一時期、お金が底をつき、借金もしたし、生活リズムも確実に崩れた。横暴になっていたこともあった。無理しすぎた。しかし、それに気付けず愚かだった。職に一旦就いたが、観たいお笑いライブが多すぎて、スケジュールと資金管理がうまくいかず、詰め込みすぎて、騙されたりして、事実上クビになった。魔が差したところもあった。
 完全に自分のせいだ。自分で自分の首を絞めた。周りにも迷惑をかけた。目の前も、真っ暗になっている。好きな人にも振り向いてもらえず、信頼していた人にも、「あなたは誠実な姿勢があったのに、そんな状態だったら、使い捨てあうような人間関係になる」と指摘された。「ネット上で会うより、コミュニティの中で、直接会うのが良い」と他の人にも言われた。しかし、どうすればいいのか、未だにわからない。

 だから、もう、お笑いを観ない。携わらない。上記のように、嫌なことを思い出しそうだから。そもそも、コミュニケーションもうまくいかないからだ。未だに人と話すことが怖くなる。
 高校時代に、お笑いのことでいじめられて、その時に、やめておけばよかった。新卒時代にパワハラを受けて、休職して、当時好きだったお笑いを思い出し、無理に、お笑いに携わろうとしたからだ。奥まで覗かないと気が済まない、深く分析しないとファンとは言えない、というよくわからない偏見、ステレオタイプに囚われていた。それで、マウントを取ろうとしていた。今思えば、最低だ。そのくせ、お笑いライブに出ても、全然面白くないし、ミスをするし、向いていない、才能がない、っていうことを早めに気付くべきだった。
 正直、これまで費やしてきた時間とお金が、ムダのように思えた。もっと真面目に正しい方向で、努力をするべきだった。しかし、その正しい努力の仕方も、未だにわかっていない。どの自分が、本当の自分なのか、もさえ。
 正しい努力ができる、自分らしい自分が見つかる、その日まで、僕は、ただ歩き、そして、書き続ける。たとえ、誰も、この文章を読まないとしても、だ。

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カラシニコフ

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