東武練馬駅

梅雨の終わりに差し掛かった蒸し暑い午後のことだった。

前日の夜更かしで昼過ぎに目を覚ました私は気だるい体を持ち上げてキッチンへ向かった。前日に多く茹ですぎたそうめんを啜って携帯を確認すると、開きたくもないメッセージが何十件も溜まっている。私は返事をするのがとにかく苦手だ。相手からの内容を確認し、文章を考えてから送信するという全行程が不得意なのだ。たいてい、その工程の途中のどこかで嫌気がさしてやめてしまう。

「仕事ができる人間はとにかく返信が早いって、エンリケ(有名キャバ嬢が)言っていたよ」と、私の顔を覗き込んで言ってきた彼女は私のメッセージの返信の遅さが理解できないらしかった。

母親からの安否確認のメッセージに、スタンプをひとつ返して、他はあとにしよう。と携帯を手放して開けた窓から外を眺めた。小雨が降り、不快な温度の風が部屋に吹いてきた。

時計を見ると13時を過ぎていた。今日は彼女と会う約束をしている。14時に池袋。映画の約束をしているので遅れる訳にはいかない。残りのそうめんを急いですすってシャワーを浴びる。

適当に支度をして、スニーカーに両足を捻じ込む。見上げる曇天は厚く、私は背中に汗がつうと伝うのを感じながら早足で駅へ急いだ。

ああ、またメッセージが鳴っている。携帯画面にはメッセージの内容を非表示にしている。遅れないでくるようにと彼女から催促のメッセージがきているだろう。たまにはすぐに返してやろうと、携帯をポケットから取り出す。

踏切に差し掛かり、生ぬるい空気にカンカンカンと停止音が響く。皆が一様に歩みを止めたのに習い立ち止まり、メッセージを開くと案の定彼女からの催促のメッセージ。返信を考える。「おはよ。寝坊したけど遅れずに行けるよ。」

返信を打ち込むと同時に、踏切に停止する足々の群れから外れた足音が聞こえたような気がしたが、近づく電車の音と共に消えた。返信を打ち込み送信するとすぐに既読がついた。

梅雨の終わりに差し掛かった蒸し暑い午後のことだった。

まだ新しく見えるパンプスに女の白い脛が、線路内の湿ったアスファルトの上で光って見えた。周りを見渡すと人々は一心に携帯を覗き込み、何やら打ち込んでいたり、動画を見たりしているようだった。それはいつも通りの光景で、女は線路の中で人々に習うように携帯を覗き込んでいる。その異様な光景に最期まで誰も気づくことはなかった。女の後ろ姿は0.5秒後にきた電車に潰されて、光を無くした。踏切の反対側から中年の女が悲鳴をあげた。

「今日の映画たのしみだなー、私もう着いちゃうよ。」
彼女からのメッセージはすぐに返ってきた。


梅雨の終わりに差し掛かった蒸し暑い午後のことだった。

前日の夜更かしで昼過ぎに目を覚ました私は気だるい体を持ち上げてキッチンへ向かった。前日に多く茹ですぎたそうめんを啜って携帯を確認すると、開きたくもないメッセージが何十件も溜まっている。私は返事をするのがとにかく苦手だ。相手からの内容を確認し、文章を考えてから送信するという全行程が不得意なのだ。たいてい、その工程の途中のどこかで嫌気がさしてやめてしまう。

「仕事ができる人間はとにかく返信が早いって、エンリケ(有名キャバ嬢)が言っていたよ」と、私の顔を覗き込み言う彼女は、私のメッセージの返信の遅さが理解できないらしかった。

母親からの安否確認のメッセージにスタンプをひとつ返して、他はあとにしよう。と、携帯を手放して開けた窓から外を眺めた。小雨が降り、不快な温度の風が部屋に吹いてきた。

時計を見ると13時を過ぎていた。今日は彼女と会う約束をしている。14時に池袋。映画の約束をしているので遅れる訳にはいかない。残りのそうめんを急いで啜ってシャワーを浴びる。

適当に支度をして、スニーカーに両足を捻じ込む。見上げる曇天は厚く、私は背中に汗がつうと伝うのを感じながら早足で駅へ急いだ。

ああ、またメッセージが鳴っている。携帯画面にはメッセージの内容を非表示にしている。遅れないでくるように、と彼女から催促のメッセージがきているだろう。たまにはすぐに返してやろうと、携帯をポケットから取り出す。

踏切に差し掛かり、生ぬるい空気にカンカンカンと停止音が響く。皆が一様に歩みを止めたのに習い立ち止まり、メッセージを開くと案の定、彼女から催促のメッセージ。返信を考える。「おはよ。寝坊したけど遅れずに行けるよ。」

返信を打ち込むと同時に、踏切に停止する足々の群れから外れた足音が聞こえたような気がしたが、近づく電車の音と共に消えた。返信を打ち込み送信するとすぐに既読がついた。

梅雨の終わりに差し掛かった蒸し暑い午後のことだった。

まだ新しく見えるパンプスに女の白い脛が、線路内の湿ったアスファルトの上で光って見えた。周りを見渡すと人々は一心に携帯を覗き込み、何やら打ち込んでいたり、動画を見たりしているようだった。それはいつも通りの光景で、女は線路の中で人々に習うように携帯を覗き込んでいる。その異様な光景に最期まで誰も気づくことはなかった。女の後ろ姿は0.5秒後にきた電車に潰されて、光を無くした。踏切の反対側から中年の女が悲鳴をあげた。

「今日の映画たのしみだなー、私もう着いちゃうよ。」
彼女からのメッセージはすぐに返ってきた。

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