見出し画像

9-4.「声」のきめ

『動画で考える』9.音を撮る

「声」が伝える多様な情報を意識してみよう

あなたはさまざまな種類の「声」を知っている。あなたの気持ちを落ち着けてくれる声、いらだたせるような声、そしてはげます声。親密な声、よそよそしい声。明るい声、暗い声。声の性質を表現する言葉は無数にあって、それは一人一人の人物・そのキャラクターとも結びついて、人の数だけパターンがあるように思える。声を聞けばその人だとわかる、その人のことを思い出せる。

「声」と文字を使い分けること。文字は抽象的・論理的な思考を伝えるのには適している。SNS上で交わされるような話し言葉と絵文字の組み合わせで、感覚的で情緒的な表現も可能だが、「声」の持つ表現力には適わない。動画投稿サイトでは、カメラやパソコンの購入ガイドや使いこなし紹介動画が無数にあるが、そこで紹介されている情報の内容には大差はなく、どの投稿者のファンになるかの選択理由の一つとして、声の好みは重要なポイントだ。

テレビ番組のインタビューやスピーチといった「発言」に対して「テロップ」のような文字要素を添えることは、動画の「声」が持つ情報量を著しくそぐことになる。「私はそう思います」という「文字」は、明確に肯定する意思を伝えるが、「私はそう思います」という「発言」は、声の質や抑揚、長さや流れがスムーズか断続的かによって、表情や身振りなどと共に、多様なニュアンスを持たせることができる。私はそう思う、と肯定してはいるが、そこには気持ちの迷いや周囲の人びとに対する配慮があったり、不本意ではあるが立場的に肯定せざるを得ない、といった含みが持たされている。そこに文字要素が添えられると、動画の印象は文字で表現された内容に限定されてしまう。

「声」によって表現される意思や感情は、必ずしもわかりやすく一意の事実を示しているとは限らない。相手によって受け取り方が異なったり、理解のされ方にも幅があり、つまり、曖昧で不確定な要素に満ちている。だから人は、会話によってコミュニケーションを試みようとするが、そこには当たり前のように、誤解や行き違い、不完全で中途半端なやりとり、感情的で非論理的なぶつかり合いが発生しがちだ。

テレビ放送が必要とする「声」は、伝えるべき事を明確に伝えられる声だ。弱々しかったり、途切れ途切れだったり、口ごもっていたりして、不明瞭な「声」は必要とされない。視聴者の誤解を招いたり、不安を抱かせるような要素はあらゆる方法で排除される。すべての人が同じように理解出来る「声」を伝えるために、テレビ放送では過剰に補足説明を行う。取材対象の「声」が聞き取りにくければ、「テロップ」でその内容を補足し、さらにレポーターが「つまりこういうことですね」と反復確認する。

「声」を、風や水の流れのような自然現象として記録してみよう。

そのような枠組みにとらわれない動画の中では、「声」はもっと自由で多様であるべきだ。一意の意味を伝えるだけの「声」ではなく、「声」そのものの品質が感情に訴えかけるようなもの。

「発声」や「声」によるコミュニケーションの、多様な表現のパターンを動画でそのまま記録してみよう。テレビのインタビューのように、あらかじめ結論や目的が決まっていない、ただ現象としての「声」「対話」、その流れ・交流・混じり合い、を観察する。それは、風や水の流れのような自然現象を記録するのと変わりはない。そういう視点で「声」を記録してみよう。

風が木々の間を通り抜けて、葉や枝を揺すってざわざわと音を立てるように、水が流れて小石や砂を押し流して淀みや急流が発生するように、そしてそれらの現象によって、植生や岩の表面にさまざまな質感や肌触りが発生するように、「声」をそのような自然現象として観察してみよう。

そのような自然現象は、いつの間にか発生して、いつの間にか消えていく。はっきりと意識できるような見え方をすることもあるし、かすかな痕跡だけで、明確な現象として意識されないこともあるだろう。さらには中途半端に始まって突然中断することもあるかも知れない。日常の中の「声」も、そのようなものとして動画で記録しよう。

「声」の質感を観察してみよう

「声」にも肌理(きめ)がある。時にはそれらの「声」肌理(きめ)は、絹やビロード、紙の質感にも例えられて表現される。文字による説明は不要で、聞き取れない「声」は聞き取れない音として、尻切れトンボの「声」も、意味をなさないままそのまま提示する。ただその現象を観察するだけだ。

その「声」に何かしら感じる人がいるかも知れない。意味を見出す人もいるかも知れない。何ら注目されないままに、時間と共に消えてしまうだけかも知れない。必ずしもそこに意味を見出し、理解しようと思わなくても良い。言葉の意味を追わずに、ただ「声」を聞くだけ。目の前の風景を眺めているように。

その時あなたは、その「声」の肌理(きめ)に反応して、何となく気分が良くなったり、落ち着いたり、あるいは勇気づけられたり、感傷的になったりすることがあるかも知れない。そのような「声」を動画で記録してみよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?