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《独自選出》ラテンアメリカ・ロックアルバム50選 40~31位

どうも。

では、一昨日から始まりました、ラテンアメリカ・ロックアルバム50選、続けていきましょう。今日は40位から31位の発表。

40位台はちょっとディープな感じになったかなと、自分でも思ったおですが、今回は以下のようになりました。

今回は僕が見た感じでは90sが多めの、「ある時期からの定番」が並んだ感じですね。では40位からいきましょう。

40.Pelusón Of Milk/Luis Alberto Spinetta (1991)🇦🇷

アルゼンチンの巨星スピネッタ、ソロでの最大ヒット作

40位は、アルゼンチン・ロック界の巨人ですね。ルイス・アルベルト・スピネッタ。彼が1991年に発表したアルバム「Pelusón Of Milk」。スピネッタという人は60年代後半に結成したフォークロックのアルメンドラを皮切りに、70sのハードロック/プログレのペスカード・ラビオーゾやインヴィシブル、スピネッタ・ジェイドなどで名作を連発。本格的なソロは遅れて80年代からなんですけど、ヒット作としては91年のこのアルバムですね。これの1曲目のメロウなラヴ・バラード「Seguir Viviendo Sin Tu Amor」、「君の愛なしでどうやって生き続けようか」って曲なんですけど、彼の曲の中でダントツに人気ありましてSpotifyで1億再生超えてます。スピネッタ、イケメンなんで妙に説得力もあるし。僕もすっごく大好きな曲で数ある彼のアルバムの中でこれを紹介したいだけがために選んでます。ということもあって、うるさ型の音楽ファンの中では「スピネッタにしてはポップ」という評価もあるんですが、この作品はバンドでの実験もさることながら彼は凝ったコードを駆使して甘いメロディを書く優れたソングライターである証拠です。加えて、「ポップ」と言っても、この人、かなりやはりひねくれてはいまして、このアルバムでも音は彼が弾くジャズ仕込みのエレキギターやエレコ、シンセにリズムボックスのスカスカなサウンドでむしろジャズ期のジョニ・ミッチェルとかシンセ多用期のトッド・ラングレンに近かったりして、むしろ実験的なんですけどね。そんなスピネッタ、これだけじゃありません。すでに概要説明で言ったように、もう1枚、かなり上位にランクさせてあります。


39.El Amor Después del Amor/Fito Páez (1992)🇦🇷

アルゼンチン・ロック界の正統嫡子

続いて39位、この人もアルゼンチンのロックスターです。フィト・パエス。もうアルゼンチン行キャ、国民的大スター。ブラジルでもかなり知名度あって、相当の人気です。その彼が、その人気を不動のものとした最大のヒット・アルバムがこれ。このアルバム名は今年、Netflixで配信された彼の伝記ドラマと同じタイトルでもあります。

この人は音楽以前にネタが非常に多い人です。ロマンスではかの国では誰でも知ってる女性ロックシンガーのファビアナ・カンティージョと付き合った後、アルモドバルの「オール・アバウト・マイ・マザー」のヒロインのセシリア・ロスと結婚。若いときには男一手で育てたお父さんと死別し、デビュー後におばあちゃんを強盗に殺される被害にあったりしています。

そんなフィトですが音楽的には実はルーツが曖昧で、ぶっちゃけアルゼンチン・ロック界の二大巨人、チャーリー・ガルシアと前述のスピネッタまんまなんですよ。クラシック・ピアノの教育受けた問いう共通点があるチャーリーのキーボード奏者として音楽業界に入り、デビュー間もない頃にスピネッタに声かけられ共演アルバム作った。ぶっちゃけ「チャーリーの曲をスピネッタが歌ったみたい」なんですけど、ただ歌唱表現力はフィトの方が圧倒的にうまい。高音の張り上げなんて最高にセクシーです。あと、それまで「ヨーロピアンなシティ・ポップ・テイスト」だったサウンドがこのアルバムでは当時はやりのグラウンド・ビート混ぜたりしながら、ステージでは若き日のエルトン・ジョンみたいなロックンローラーになったりして。立派なエンターティナーですね。このアルバムはローリング・ストーンのセレクトでも22位にランクしています。

38.Selvagem?/Paralamas De Sucesso (1986)🇧🇷

ロック・イン・リオで大活躍の「ブラジルのザ・ポリス」

 38位はブラジルのバンドです。パララマス・デ・スセッソ。彼らはリオ出身の3人組で1983年にデビュー。この当時ブラジルは未曾有のバンドブームの始まりで彼らはデビュー後にすぐ人気になりまして、1985年1月、大きな脚光を浴びます。

今となっては世界のロック史の伝説ですね。第1回ロック・イン・リオの出演。クイーン、AC/DC、オジー・オズボーン、アイアン・メイデンという錚々たる国際組に国内代表として参加。台頭しつつあったブラジルのロックの代表をアピールしました。この時のライブをクイーンのブライアン・メイがいたく気に入りまして1994年のアルバムではギターで参加したりもしています。

このパララマスなんですが、もう見出しにもつけましたように本当に「ブラジルのザ・ポリス」でして、とりわけフランジャーをふんだんにかけたギターのカッティングによるテンポの速いレゲエ、スカ調のパンクロックに関して言うなら本家以上の瞬間もありますね。この当時の中南米って、ポリスに代表されるレゲエ、スカ、あとポストパンクにファンクのリズムのバンドが多かったんですけど、その勢力の中でもパララマスはトップクラスでしたね。86年のこのサード・アルバムではとりわけフロントマンのエルベルト・ヴィアーナのカッティング・ギターの切れが冴え渡ってましたね。これはブラジル・ロック界が誇るべき殿下のほうとうだと思います。このアルバムはローリング・ストーンのセレクトでも34位に選ばれている名盤です。

彼らは2001年にエルベルトが飛行機の墜落でか半身不随で車椅子になる悲劇があったんですけど、今も不動の3人で活動継続中です。僕も今年3月のロラパルーザ・ブラジルで見てますが元気でしたよ。


37.Locura/Viurus (1985)🇦🇷

アルゼンチンが生んだ耽美派シンセ・ニュー・ウェイヴ

37位は、今回早くも3つ目のアルゼンチンの80年代のバンドです。ヴィールス。80年代のアルゼンチンでのバンドブームを象徴するバンドです。アルゼンチンのバンドブームはすごくニューウェイヴ色が強くて、筆頭格は「アルゼンチンのザ・ポリス」ことソーダ・ステレオで、あと、この手のオールタイム企画で入るとなると、「アルゼンチンのじゃがたら」(本当にそっくりなド級ファンク)ことスーモ(Sumo)か、あるいは鋭角的ポストパンクのパトリシオ・レイで相場が決まるとこあったんですけど、これに限らず僕はいつもエイティーズのニュー・ウェイヴでシンセポップが冷遇されるのが嫌だし、実際本国のファンから「過小評価」との声が上がっていて、実際、SumoよりもSpotifyのリスナーも多いのであえてヴィールスを選んでます。ただ、その意義があるのは、このバンド、国内でのデビューが1981年と、他のバンドに比べて突出して早いんですよね。最初はリズムは無機質ながらもギターバンドっぽかったりしたんですけど、これの前作にあたる84年のアルバムからかなり大胆にシンセポップになりまして、最大のブレイク作にしてアルゼンチンのロックブームも爆発したこのアルバムを持って、才能も全面開花となったわけです。

もそもそもリードシンガーのルックスが

こういうタイプですからね。頬のこけた、前髪の長いキザ・タイプ。こういう人にはやっぱり、耽美的なシンセポップ、似合います。

ただ、このシンガーのフェデリコ・モウラ、彼が1988年に37歳の若さで急死してしまうんですよね。それを持って、悲しい形での伝説かもしているわけです。それで一度解散するんですけど、現在は彼の弟がヴォーカルで、ここ25年くらい活動を継続中のようです。

36.Com Você…Meu Mundo Ficaria Completo/Cássia Eller (1999)🇧🇷

ブラジルの早すぎた伝説のレズビアン・ロック・クイーン

36位はカシア・エレール。90年代からミレニアムにかけてブラジルで活躍した女性ロックシンガー。90年代のブラジルの女性シンガーといえば、国際的に言えばそれは文句無し雨にマリーザ・モンチで、ローリング・ストーンでも彼女のサイド・プロジェクトで2003年に目がヒットしたアルバムを21位に入れてました。ただ、マリーザってどう見ても「ロック的」とは捉えがたいんですよね。僕も入れてみようとしたけど無理でした。だったら同じ時期に活躍して過小評価だったカシアの方がいいと判断しました。カシアなんですけど出自そのものは70年代以降のブラジルでポピュラー(今そうでもないけど)なサウンド・スタイルのMPBだったんですけど、元が低いしゃがれ声でロックには向いてたし、本人も本当はそっちに行きたそうな感じだったんですよね。1989年に27歳でデビューしますが、悪く言えばどっちつかずな感じが続いていました。本領を発揮しだしたのは髪を坊主とかモヒカンにしてレズビアン・アピールし始めた90s後半で、99年にこのアルバムを発表する頃にはアラニス・モリセットみたいな90sのアメリカンなオルタナティヴ・ロックのスタイルに、たまにブラジルっぽさが漂う、彼女にとっっては理想的なバランスになりました。そんな彼女は2001年にブラジルのロック世代のソングライターの曲のカバーを中心としたMTVアンプラグドのライブがウケて、その年のロック・イン・リオでニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」のカバーがバカ受けして一躍国内ナンバーワン・シンガーになります。しかし、栄光を掴みかけた矢先に2001年のクリスマスから数日後、ドラッグのオーバードーズで39歳の若さで急死してしまいます。LGBTの存在が大きくなっった今でこそ、さらに大きな存在になりそうな気もしてるのでなおさら惜しい喪失でしたね。

35.Roots/Sepultura (1996)🇧🇷

メタルに新潮流をも巻き起こした、ブラジルの鬼才バンド

続いてもブラジルの90s。声は僕が詳しく説明する必要もなく、退くより詳しい日本人、いくらでもいるでしょう。セパルトゥラ。彼らが1996年に出したキャリアのピーク作ですね、「Roots」、これが35位です。なんか「メタル」ってだけで、こうしたラテン・アメリカのチャートから外れる傾向があるんですけど、それは不公平というもの。そこはやはり中南米最高のメタル・バンド、外すわけにはいきません。このセパルトゥラですが、ブラジルのお大きな音楽どころの一つ、サンパウロ、リオに次ぐ第3の都市ミナス・ジェライス州ベロ・オリゾンチの出身。かなり早い段階からスラッシュ・メタルをやってたとこにも注目すべきですが、93年のこれの前作「Chaos AD」の頃にはオルタナティヴ〜ニュー・メタルにいち早く対応したグルーヴ・メタル的な展開になってて、これを選ぼうかなとも思ったくらいです。ただ、やっぱり強烈だったのは96年の本作。だって、ブラジリアン・パーカッションの乱れ打ち!これ、初めて聞いた時、僕も衝撃でしたね!なんかメタルが新しい次の次元に入ったくらいの驚きがありましてですね。メタルmeetsポリリズムの感覚があり、勢い欧州的美的感覚に結局のところ収斂されがちだったメタルに「ボーダー超えた!」と思わせる力がありましたからね。この時にパーカッション担当したカルリーニョス・ブラウンってサンバ界隈であの時国際的にも旬な人だったんですけど、その時の勢いをうまく生かした点でもうまかったですね。実際、この頃、セパルトゥラって世界中のフェスで引っ張りだこだったし、あのリズムなきゃスリップノットもなかったかもしれないとも思ってるんですけど、残念なのは、これを最後にフロントマンのマックス・カヴァレラが脱退してしまったことですねえ。これが続いて、さらに新しい地平見せることができていたなら・・・とはよく思いますね。ちなみにこれは僕にブラジルに興味抱かせた音楽の一つでもあります。


34.Alta Suciedad/Andrés Calamaro (1997)🇦🇷

スペイン修行で逆輸入したアルゼンチンのいぶし銀ロッカー

 続いて34位はアンドレス・カラマロ。アルゼンチンの渋いロックンローラーです。彼は1961年生まれで、先ほどのフィト・パエスよりも少し年上の世代なんですが、ブレイクは遅くて90sの後半、30代半ばになってから。しかし、そこからは大物の存在です。元々、音楽界へのデビューそのものは早く、アルゼンチン・シーンの先駆的バンドの一つアブエロズ・デ・ラ・ナーダに10代で参加し、80年代にソロ・デビュー。ただ、その際に全くウケないまま。そんな彼は90年台前半に活動の拠点をスペインに移して、そこでバンド「ロス・ロドリゲス」を結成。昔ながらのストーンズっぽいロックンロールにフラメンコを混ぜてみたりしたスタイルでだったんですけど、これがスペインで大受け。実際、スペインのロックのオールタイムに入るくらいの人気になってしまいます。アンドレスはこれを位手土産にしてアルゼンチンに戻り、1977年にこのアルバムでソロで再デビューします。アルゼンチンってそれまで洗練されたタイプのロックが人気の印象あったんですけど、無骨なまでにブルージーでフォーキー、時にファンキーなストーンズとかディランのファンが喜びそうなくらい男っぽいストイックなロックンロールが今度は受け入られて、そのままアルゼンチンを代表す人気ロックンローラーになりました。ローリング・ストーンでもアンドレスのアルバム、これの次の次のアルバム「El Saimon」(2000)を24位にしてるんですけど、それはかなりレアなチョイスで、大抵はこれか次のアルバム「Honestidad Brutal」(1999)が傑作扱いされてます。

33.Construcão/Chico Buarque (1971)🇧🇷

軍事政権と戦った反体制バロック・サンバ

 33位はシコ・ブアルキ。このアルバムは、もうブラジル国内の「オールタイム・ベスト・アルバム」みたいな企画で、まず絶対トップ10から漏れることがない、名盤中の名盤です。ただ、問題はこれを「ロックと見なすか否か」であり、ブラジル国内だと断固として認めない人もいるでしょう。「シコはサンバじゃないか!」とか言って。ただ、それでも僕がこのアルバムをロックとして選ぶ理由が2つあります。一つはこのアルバムが、この当時の軍事政権に対して痛烈な批判アルバムだから。シコはこの当時まだ20代のサンバ界の気鋭の若手でありながらも同時に彼の一家は有名な文学者の家系なんですね。叔父さんは国内で有名な国語辞書編纂してるような。それゆえこの人も文才がありまして、掛言葉を使って軍の検閲を通しながら実はそれが軍政批判の曲だった、という技を使うことがしばしばありました。このアルバムに関しては、軍事政権の前の無力感、、絶望感をこぶし握って忸怩たるやるせない思いを表した曲が多いですけどね。この前くらいに彼はカエターノ・ベローゾやジルベルト・ジルがロンドンに亡命した時期にイタリアに亡命してたりもしていましたので。あと、このアルバム、アレンジが見事なバロック・ポップなんですよ。ストリングスの壮麗なアレンジ。英米でもこの前後にバロック・ポップはかなり強くて、それはとりわけニック・ドレイクとかスコット・ウォーカーみたいなカルト・アーティスト化、カルト名盤化もしてるんですけど、この作品もぶっちゃけ、ポルトガル語がわからなくてもサンバの意識なんて何もなくても、バロック・ポップとして聞いて引き込まれるように素晴らしいです。シコ、同じ世代のエリス・レジーナ、カエターノ、ミルトン・ナシメントに比べて、ブラジル国内では彼らと同等もしくはそれ以上の評価なんですけど、国外出るとそうでないので寂しいです。まだ現役で元気なので生きてるうちに注目を。

32.El cicro/Maldita Vecindad (1991)🇲🇽

メキシコのバンドブームを牽引した元祖ラテン・ミクスチャー

32位はマルディータ・ヴェシンダ。メキシコで90sに非常にビッグだったバンドです。この名前は簡略名でして、本当はマルディータ・ヴェシンダ・イ・ロス・イーホス・デル・キント・パティオ(マルディータ・ヴェシンダと5番目の庭の息子たち)という名前なんですが、覚えられないのでマルディータ・ヴェシンダ、あるいはもっと短くマルディータと呼ばれています。メキシコでは一度しぼんだロック熱が回復するのに80年代の後半までかかりました。80s後半から活気付き始めたのは、政府からの干渉が弱くなったこと、更に1985年にメキシコ・シティ大地震がありまして、街を活気づける存在が必要だった、という言われ方をしますね。そこからメキシコ・シティの若者はアルゼンチンやスペインから入ってくるバンドに刺激を受けてバンドを作った。その中で頭角を現したのが、そのうち出てきますカイファーネスというバンドと、このマルディータでした。80s末にデビューしたマルディータはアルゼンチンでも非常に人気の高いタイプだったレゲエやスカの影響を受けているんですけど、それと同時にやはり時代性なのか骨太なファンク、それからメキシコの民族音楽を掛け合わせて、さらに言えば曲が単純明快でわかりやすいんですよね。このあたりは、この当時のアメリカ西海岸の若き日のレッチリとかフィシュボーンとか、いわゆるあの当時の日本での言い方に倣うにミクスチャー・ロックの黎明期のバンドの雰囲気にすごく似てますね。このアルバムがバカ売れして、マルディータはメキシコのバンドのトップの存在になり、2009年に現状最後のアルバムが出るまで大御所でした。このアルバムはローリング・ストーンだと評価すごく高くて8位でしたね。

31.The New Sound Of The Venezuelan Gozadera/Los Amigos Invisibles (1998)🇻🇪

意外な国から登場した、90s南米一のおしゃれバンド

 今回のラスト、31位はロス・アミーゴス・インビシブルズ。このバンドは今回のセレクションで唯一のベネズエラのバンドです。彼らは90sの時から知ってるバンドでしたね。契約がデヴィッド・バーンのルアカ・バップにあって3枚ぐらいそこから出たんですけど、ジャケ写も全部覚えてましたからね。日本盤も出てましたけど、でもどっちかというと、日本の輸入盤店が熱心だった気もするんですけどね。ただ、その気持ちもよくわかったというか、とにかく都会的でおしゃれなバンドだったんですよ。アシッド・ジャズにハウスを人力で混ぜたような生演奏は、すっごく90s的なアーバン・フィーリングで、日本でいうとすごくあの当時の六本木っぽくてね。Jウェイヴ、すごくハマる感じで。あのテイストが自然にあそこまで出せるバンドの珍しいというか、このセカンドなんて、それの絶頂な感じでしたけど、ジャケ写までフリー・ソウルのコンピみたいですからね、これ。ただ、これ意外だったのは、こういうバンドがベネズエラから出たことですね。この前後、ベネズエラで他にバンドなんて聞いたことないですから。南米住んでるイメージだとこの国って「石油と美人コンテスト以外何もない」ってギャグがあるくらいなんですけど、そこに加えて国を統治しているのが社会主義の独裁者ですからね。それでアメリカから経済制裁加えられたりで国の財政火の車でそんな中でまともに音楽活動できるのか心配なんですけど、そこから最高に洗練されたバンドが生まれたりするから世の中は不思議で面白いものでもあります。彼らはグラミー賞のラテン部門のノミネート常連でもあるんですけど、ローリング・ストーンで評価高くて本作は14位に入ってますね。


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