ラナ・デル・レイ「Norman Fucking Rockwell」感想 ”孤高の女王”は真の実力を理解されるまでになぜ5枚のアルバムを要したのか
どうも。
いやあ、こないだも言いましたけど、このアルバムがすごく大好評ですね。もちろん、これです!
ラナ・デル・レイのニュー・アルバム、「Norman Fucking Rockwell」、これが彼女の5枚目のアルバムにして、これまで以上の評価で歓迎されています。僕もこれは一聴したときからもうずっと入り込んで聞いてますね。今の時代、いろんなジャンルに才能あふれる女性アーティストはいて、一種ブームみたいな感じになってますけど、こと、”キャラクターのオリジナリティ”と”ソングライティング能力の個性と完成度”に関して言えば、彼女がこの2010年代で最高だと思います!
そして
そのことを彼女は遂にこのアルバムを通して証明することに成功したと思います!
今日はそのことについて話そうかと思います。
今でこそ、こうしたことを力説するようになった僕ですが、そんな僕とて、彼女をこのように”もしかして、この人、天才なのかも!”と思ったのは、この一つ前のアルバムからでした。
彼女の場合、ブレイクのキッカケとなったのは、この
2012年のこのデビュー・アルバムの「Born To Die」。これがビルボードのアルバム・チャートに300週入り続けるヒットになったんですね。彼女の場合は、このアルバム・タイトル名に反映されるように、「死の匂い」というか「退廃的でミステリアスな神秘性」で「負のカリスマ」のような扱いを受けることになります。ただ、デビュー前からかなり「大型新人」とバズがたったにもかかわらず、アルバム・デビュー直前の「サタディ・ナイト・ライブ」での生ライブが不評を買って、「メディア・ハイプ」だと必要以上に叩かれてのデビューとなりました。未だにこのイメージで嫌い続けている人が、特に男性に目立つのも特徴です。
ただ、ここからの曲があまりにもよくかかり、「Summertime Sadness」がアルバム・リリース後1年半近く経った後にヒットしたことで先述したようなロングヒットになったわけです。僕の場合は、それに追い打ちをかけて
この、2013年11月の、ブラジルのファンのあまりに尋常じゃない熱いノリのライブ、これ、ブラーがヘッドライナーのフェスだったんですが、ほとんど彼女が客奪ってたんですけど、これがあまりにも客観的に見て笑えるほど面白かったんですよ。聞いてみてください。客の反応、すごいから(笑)。この時に、「ここまで彼らを夢中にさせるものはなんだろう?」と思ったのと、「聞く曲、聞く曲、とにかく曲がいいな」と思ったので、ここから気になり始めました。
ただ、僕自身、それでも謎めいてわかんないことがあったんですよね。
こういう、「アメリカへの憧憬」ですね。彼女の音楽世界の背景に、デヴィッド・リンチが1986年に作った名作映画「ブルー・ヴェルベット」があるのは聞いててわかってて、そこで「1950年代のゴシックなアメリカへの憧れ」、これがあるのはわかったんですけど、「なぜ、そこまでそれに憧れるんだ??」と思ってました。「National Anthem」なんて代表曲もあるくらいですからね。
あと、歌詞にも「ん??」というのがあったんですよね。
これ、2014年のセカンド・アルバム「Ultraviolence」のタイトル曲ですけど、これの歌詞の一節に
He hit me and it felt like a kiss(彼に打たれるのはキスのような味わい)
これはですね。ポップ・ミュージック史上、非常に悪名高い曲の一節なんですよ。これは
1960年代初頭に、名プロデューサーかつのちに殺人罪でムショ入りしたフィル・スペクターが手がけたガール・グループ、クリスタルズの同名曲の中の、「ポップ・ミュージック史上最大の女性蔑視ソング」の悪名高い詞なんですね。「なんで、1985年生まれのラナがこんな曲知ってるんだ?」と、その造詣には驚いたんですけど、このころ、また彼女がフェミニズムに肯定的な発言をしなかったものだから女性誌で叩かれもして、とにかく「世間を煙に巻くキャラクター」であり続けたんですね。
ただ、こういう物議を醸しながらも、「作ってくる曲はやたらいいな」「もう、アルバム出すのか!」ということが立て続いて、どうしても気になってきましたね。何せ、「1stと2ndの間は2年だけど、その間に7曲入りEPを出した」、「2ndと3rdの間は1年半」「3rdと4thの間は1年8ヶ月」と出してきて、「なんかすごく創作能力旺盛だな」と思っているうちに出たのが
2017年の4thアルバム「Lust For Life」だったんですが、まず、このジャケ写の笑顔に驚いたんですが
このウィーケンドを迎えたタイトル曲、「生への欲望」ですからね。「死ぬために生まれた」からの大きな転換ですよ!
加えて、このアルバム、ゲストも多く(ASAPロッキー、ショーン・レノン、スティーヴィ・ニックス)迎え、これまでの閉じたイメージから自身を解放したんですよね。
で、いみじくもこのころの彼女、トランプ政権誕生のショックを語っているんですよね。「自分のアメリカへの憧憬のメッセージが、偏狭なナショナリズムと結びつけられるのはイヤ。だからもう、国旗を掲げるのはやめたの」と語るようになったんですね。
で、ここで僕は、ようやくその、「彼女の古き良きアメリカへの憧憬」の意味がわかったような気がしたんですね。その陰に「今の世が、残念ながら、そんな希望に満ちたものではない」というのがあるのかな、と。「ああ、その上での憂鬱な厭世観だったのか。だとした合点いくな」と思ったし、それが彼女のクリエイティヴィティの原点になっているのかなと思った次第でした。
そして、こうしたものが土台となって出されたのが。もう一回行きましょう
今回の「Norman Fucking Rockwell」だったんですけどね。これも仕事早いです。2年1ヶ月ぶりに「させられた」アルバムで。実際には去年のうちに数曲発表されていて、本当なら3月には出せる状態にあったアルバムですからね。そしてこれが
もう、いかにも彼女らしいアルバム・タイトルだと思いましたね。ノーマン・ロックウェルというのは、20世紀初頭に、アメリカ人の日常生活を書き続けた人気の画家で、僕もすごく好きな絵を描く人なんですけど、ここにも「古き良きアメリカへの憧憬」を、ヒップホップで育ったジェネレーションなりの悪態でアレンジした、彼女がこれまで披露してきた言語センスが息づいているなと思いましたけど
今回、まずリリックで「前作の発展系」を示しています。
まず、先行第1弾シングル「Mariners Apartment Complex」なんですけど、これは、なかなか世間に自分のことがわかってもらえないと嘆く女の子が海の中で溺れる中、「I'm Your Man(僕がいるじゃないか)」と助け上げる男性との愛を描いた作品ですが、ここにまずポジティヴな要素を感じさせます。プラス、「I'm Your Man」って言葉、彼女が大ファンを公言している詩人から転じたロッカー、レナード・コーエンの代表曲の名前です。
また、この「Hope Is A Dangerous Thing For A Woman Like Me To Have(But I Have)」。この、ザ・スミスか、アークティック・モンキーズかっていうくらいの、英文学調の長いタイトルの曲、これはすごく、今のラナのイメージを打ち出しているものですね。
これも、この人らしい成長を記した一曲です。。「24時間、1週間、シルヴィア・プラスの言葉を血で壁に書きなぐっているの。ノートパッドのインクが切れてしまったから。私に今幸せかどうかなんて聞かないで」という混乱した状態から「新しい革命が、けたたましい進歩が、混乱と静かな衝突から起こっている。(私はまだ)脆弱な女。だって、私にはまだベッドから追い払えないモンスターがいるから」ときて「幸せなんて、私みたいな女が持つには危険なものよ」(でも、持ってるけど)と締める。この曲、彼女の「女性観が変わった」ともっぱら注目されている曲ですね。この人、さっき例に挙げた「He Hit Me」の一節とか、後、同じ60sのガールグループにシャングリラスというのがありまして、同じく「悪い不良に憧れる少女」なんですけど、そういうとこまで含めて古き良きアメリカに憧れているところがあったんですけど、そこから脱却しましたね。
その一方で、もっとも、こんな曲もありますけどね。「もし彼がシリアル・キラーだとしたら、なにが最悪かって?私、ただでさえ傷ついてるのに」というね。上のシルヴィア・プラスもそうなんですけど、この血なまぐさい描写力もこの人の魅力なんですけど、「今はただあなたと踊りたい。踊っている間に蝶を捕まえましょう」とシメる。ここにもほのかなポジティヴさが感じられて、未来の見えない感じからどこか変わったような気がします。
・・って、しれっと書いてますけど、すごいでしょ、この人の語彙力(笑)。
で、今回、すごいのはもちろん詞だけではありません。音楽面でも同様です。
アルバムの3曲めにいきなり9分42秒も出てくる「Venice Bitch」。これが70s初頭のフォークみたいな曲かと思いきや、途中からノイズ・ギター交えて曲がドローンな感じのロングジャムのインストになるんですけど、こういう実験的なパターンもこれまでの彼女にはなかったことです。
こういうことが可能になったのは
今回。ソングライティング・パートナーになったジャック・アントノフによるところが大きいですね。彼は古くはfunのメンバーで今はBleachersとしてソロ。そしてそれ以上にLorde、セイント・ヴィンセント、そしてテイラー・スウィフトのプロデュースでも知られる、今や女性アーティスト請負人みたいな感じになってる人です。正直なところ、彼がプロデュースと聞いた時に「甘口になったらイヤだな」というのが僕の最初の印象だったんですね。というのも、Lordeもヴィンセントも、その一つ前の作品から比べたらポップになった印象があったし、テイラーのはすごくポップに作ってありましたからね。なので、「ラナがそうなったら嫌だな」というのがあったんです。
が!
逆に思い切りよく、実験した音になってるんですね、今回!
「えっ、今までの仕事はなんだったの?」ってくらい、甘さがないんですよ、今回のアントノフ。ギターのディストーションはかなりきつく利かすは、スネアの音は静かな曲に強くタイトに響かせるは、ベースのグルーヴはかなりサイケデリックに展開させるはで。
ぶっちゃけ、こんなに攻めたアントノフ聞くの、初めてでしたね。なんでも、聞いたところによると、今回のラナとの共演、彼から申し出たんですってね。去年の8月頃にラナに会った時に「もし明日、仕事なかったら、ニューヨークの僕のスタジオに来ないか」と言われて、なんかその言い方が気になってラナが行ってみると、彼がいきなりピアノで「君の曲で使って欲しい」と考えたコード進行弾き始めて、それでラナ自身かなりやる気になってセッションがはかどったみたいです。
これ、彼自身、かなりラナが好きで仕事したかったんでしょうね。なんかですね、サウンド的には、1〜3枚目のかなりオイシイとこ取りになってますから。基本はサード・アルバム「Honeymoon」でのシンプルでベーシックなシンガーソングライター・スタイルのものが目立つんですけど、そこにデビュー時からのバロック・ポップ調のトリップホップも、セカンド・アルバムでブラック・キーズのダン・アワーバックが施したかなりガレージ・ロック調のエッジも、みんな足されてますからね。そこに、これまでで実はありそうでなかったラナの曲のコード進行(冒頭のタイトル曲のピアノがまさにそう)の曲もあって曲調が広がってて。そこにラナの心理的成長の見られるリリックが展開されるわけだから、良くなるのはある意味必然なんですよね、これ。
その最高傑作とも言えるのが、やはりこれですよ。
2曲続きになってますけど、後半の「The Greatest」の方ですね。これ、ラナのキャリア史上でも最高傑作だと思います。
「The Greatest」と言って「最高」と思わせつつ、「the greatest loss of all」と「最大の損失」と、物事が失われる切なさを、60sに「バッハとロックの融合」と話題になったプロコル・ハルムの「青い影」みたいな、これも今までのラナにないコード感(これもアントノフ起源かな)でスケール大きく歌った曲なんですけど、これの歌詞がまた秀逸なんですよ。
・「ビーチボーイズが通ったバーに行くの。ココモの前に、デニスが立ち寄ったとこよ」
・「カニエ・ウェストはブロンドになって、どこかに行ってしまった」
・「Life On Marsはもう、単なる曲ではなくなった」
ポップ・ミュージックの古いレファランスを多用するのはラナのリリックの得意技なんですけど、この曲ではそれの3連発が使われます。
まずビーチボーイズですが、彼女は「アメリカの憧憬」を、現在住んでいるLAのビーチから描くことでも知られています。60sのビーチボーイズなんてその典型のわけですが、「Kokomo」というのはビーチボーイズの現状最後のヒットで、トロピカル・バーを歌ったものなんですが、その曲のヒットする1988年の4年前の1984年にドラマーのデニス・ウィルソンがカリフォルニアの海で溺死してるんですね。そのことにひっかっけた「カリフォルニアの夢の終わり」です。
あと、カニエの描写は、トランプ支持に走って黒人としての誇りもあったもんじゃなくなった彼を揶揄してますね。「髪をブロンドに染めた」のもその前あたりだったと思うんですが、保守白人になびいたことにかけてます。
あと、デヴィッド・ボウイの代表曲「Life On Mars」の引用はもちろんボウイの2016年の死を指すわけですけど、同時に「地球から逃れて火星にでも行ってしまいたい」という意味にも取れます。
・・・と、いろいろまだ他にも言いたいことあるんですけど、ここまでにしておきましょう。
これらの曲が大体、代表曲ですけど、それらをつなぐ他の曲もかなり強力(今回、サビのメロディが強い曲が多く、どれも飽きません)で、14曲、すべて楽しめます。あと、これを聴くときは、歌詞検索サイトのgeniusを読みながら聴くといいと思います。英語ですけど、わからなければ辞書を引きましょう!そうしてでも理解すると、より一層、彼女のリリシストとしての偉大さがわかりますから。
このように、これ、彼女の「過ぎ去っていく、古き良きアメリカへの憧憬」と「一人の女性としての力強い覚醒」、この二つが最高の純度で融合した、本当に傑作です!もう、今、いろんなとこでのレヴュー、すごいことになってて、これ書いてる間にピッチフォーク、9.4点という、数年にあるかないかのすごい点数出しましたけどNMEで10点満点、ローリングストーンで4つ星半、コンセクエンス・オブ・サウンドでAマイナスという、「それ、ほとんど年間ベスト1位じゃねえか!」っていう評価になってます。「今のアメリカを象徴した1枚」みたいな言われ方もしてますね。
そして、これ、更に続きがあるんです。彼女、ここまで話題の傑作出したばかりだというのに
もう次のアルバムのレコーディングが終わりかけてて、タイトルまで決まってるっていうんですよ!
これ、本人曰く1年後くらいに出そうなんですって。ここまで「8年で5枚」ってだけで、こんなワールドツアーまでアーティストがこなすようになったご時世でただでさえすごいのに「9年で6枚」って、ほぼ1年半のペースじゃないですか。しかもいつも曲は多めに収録しますからね、この人。ここまで実り多い多作って、70s後半〜80sのエルヴィス・コステロか、80sのプリンスか、00sのライアン・アダムスかってくらいのものですよ。まちがいなく、「天才」なんだと改めて思います。そして、やっと時代が彼女に本当に追いついたのだと思います。
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