i didn’t mean to hurt you.
戸田真琴さんの二作目『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』の再読を終えた。
ピンとくる言葉、ハッとさせられる言葉、心の襞に引っ掛っていつまでも離れない言葉、暗闇の中に射す一条の光のような言葉、それらが全ての頁に編み込まれている。戸田さんの言葉が放つ煌めきは何度読み返しても決して色褪せることがない。こんな本には滅多に出会えない。
処女作『あなたの孤独は美しい』と二作目の『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』を立て続けに読み返してみて思ったのは、戸田さんの文章が読み手への慈愛に満ち溢れていると同時に、何かピンと張り詰めたものをも内包しているということだ。それは何故なのか。『あなたの孤独は美しい』を再読しての感想ツイートで「言葉の不完全さを知りながらそれでも黙することなく他者に語りかけようとする人にしかこんな本は書けない」と書いたけど、そこからもう一歩踏み込んでみようと思う。上手く伝わりますように。
自分の思いを言葉に変換しようとする時に、どうしようもなく失われてしまうもの、損なわれてしまうものがある。何故なら思考と言葉との間には深い溝があるからだ。同じように自分と他者との間にもやはり越え難い溝が、隔たりがある。言葉は不完全であり、私はあなたではない。故に私の思いが無瑕のままであなたに伝わることはない。
誰かに何かを伝えようとする時、言葉を重ねるほどに伝えたかったことから遠ざかっていくことがある。自分の思いが上手く伝わらず、逆に相手を失望させたり傷つけてしまうことがある。ジョン・レノンの「Jealous Guy」という曲にこんな一節がある。
「I didn’t mean to hurt you=君を傷つけるつもりはなかったんだ」
そう、誰だって大切な人を傷つけたくはない。言葉の不完全さを、自分と他者との間に決定的な裂け目があることを知っている人がそれでも他者に語りかけようと紡ぐ言葉には、だから自ずと緊張感が宿る。
言葉は不完全であり、私はあなたではない。故に私の思いが無瑕のままであなたに伝わることはない。それでも尚、否、だからこそ私は言葉で橋を架けよう。決定的な、致命的な裂け目を乗り越えて、あなたと私が出会えるように。たとえあなたを傷つけてしまうことがあっても、自分が傷つくことがあっても臆することなく、黙することなくあなたに語りかけ続けよう。
戸田さんが紡ぐ言葉に宿る慈愛と緊張感は一枚のコインの表と裏のようなものなのだと思う。言葉の不完全さを知り、私とあなたは別々の異なる生き物だということを知りながら、その事実に絶望することなく、此岸と彼岸との間に橋を架け、あなたと出会おうとすること。それは決して不毛なことでも不可能なことでもないのだということを、戸田さんは身をもって証明しようとしているのだと改めて思った。