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イノシン酸が売れなかった理由

From 安永周平

化学調味料に「イノシン酸」というものがあります。1960年代になるまでは、昔からグルタミン酸ソーダが使われていましたが、新しいものとしてイノシン酸が登場しました。その頃、ある化学調味料のメーカーの課長が『販売の科学』の著者である唐津一氏にこんな相談をしたそうです。

「どうやったら売れますかね?」
「イノシン酸という調味料をご存知ですか?最近これが開発されて、各社一斉に売り出したのですけれど、予想したほどに売れないで困っています。そこで、どうやったら売れるか、その方法を見つけるために調査をやりたいのですが…どうすればよいでしょうか?」

そこで、唐津氏はこんなやり取りを始めました。

唐津「まずイノシン酸という商品は、誰が買うのですか?」

課長「ほとんどが家庭の主婦です」

唐津「じゃ主婦がそれを買っていったい何に使いますか?」

課長「それはもちろんお料理に入れますよ」

唐津「お料理に入れると言うけれど、それでどういうことが起きますか?」

課長「それは料理の味がよくなります」

唐津「それじゃ、イノシン酸を入れたときと入れなかった時と、どれくらい味が違いますか? あなたはどれくらい食べてみましたか? それに主婦が買うと盛んに言われるけれど、何人くらいの主婦の料理を食べてみました? 思い出せるだけで結構ですから数えてごらんなさい」

言葉に詰まった課長。そして…
ここで相手はグッと詰まりました。それまで、なぜそんな当たり前のことを聞くのか困惑したり、少しバカにされたような気がして不機嫌な顔をしていたりしたのですが…痛いところを突かれたのでしょう。実際、毎日家で食べている妻の手料理と、母親や妹の手料理くらいしか記憶になかったのです。そして唐津氏は、こう続けました。

「それじゃダメだ。20日くらいの余裕をあげるから、その間に少なくとも40人か50人の主婦の味、それもできたらイノシン酸を入れた時と入れない時と、どれくらい味が違うか実際に食べ比べて御覧なさい。それから何を調べるか考えようじゃないですか」

10日後、戻ってきた課長の言葉
唐津氏にこってり絞られた課長は、10日ほどして戻ってきたかと思うと「いや、大変なことがわかりました」と言います。というのも、10日間で社員の家の夕食時を狙って、130人ほどの主婦の手料理を食べ比べてみたそうです。すると、実に美味しい料理の奥さんもいれば、よくこんなものでご主人が我慢しているなと思うようなものもあったそうです。

ところが、その中に7名、実に上手く良い味をイノシン酸から引き出している主婦がいました。彼女たちは、イノシン酸を単独で使うのではなく、全員が他の化学調味料と混ぜて使っていたのです。使い方を正すことで、イノシン酸の価値は大きく上がったわけです。そして現在、一般に売られているイノシン酸は、必ず他の化学調味料と混ぜてあります。

僕らはこの課長を笑えるでしょうか?
さて、この話を聴いてあなたはどう思ったでしょうか? イノシン酸を「どのように料理に入れるか」まで聞き正すのはオーバーと思われるかも知れませんが、この使い方に着目しなければイノシン酸という商品の”本当の価値”を引き出せるお客さんは少なかったでしょう。リサーチ前は、とてももったいないことをしていたわけです。

化学調味料メーカーの課長のくせに「自社の製品をお客様がどのように使っているか」「それを使った結果、どのような味の料理ができるか」を全く知らなかった……第3者が聞いたら笑い話かもしれません。しかし、僕らは本当にこの課長を笑えるほど、お客さんのことを肌で感じるほど、理解できているでしょうか?

お客さんが発する言葉の裏側
化学調味料や食品に限らず、これは様々なサービスでも言えることでしょう。たとえば、お客さんと商談している際に「価格が高い」と言われたとします。その言葉は、本当に言葉通りの意味でしょうか? もしかすると、お客さんはあなたの商品・サービスの使い方を正しく認識できていないから、本当の価値が伝わっていないから「価格が高い」と感じているのかもしれません。

その場合、当然ですが「値引き」で対応するのは悪手ですよね。理由のない値引きは、あなたの利益・報酬を減らす行為であり、”お客さんの手間を増やす行為”です。値引きをするのであれば、どこかでサービスの質を下げざるを得ないはずですから。考えもなく値引きをしていては、誰も幸せになりません。

個人的な経験からも思うのですが、お客さんが買わない本当の理由が「価格」であることって意外と少ないのではないでしょうか。サービスの価値がしっかりと伝わっていれば、そのサービスが本当に役に立つと感じていただければ「全然安い」と思ってもらえることも多いです。他にも、お客さんへの理解不足で損をしていることがないか…1度振り返ってみるのもいいかもしれませんよ。

PS
たとえばどんなことがあるのかは、ぜひこちらのページを参考にしてみてくださいね。

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