『にしん場』(日比野啓)・『落日』(松本一歩)・『廃墟』(黒澤世莉)

中江良夫「にしん場」五場

初演
1948年4月8日〜5月7日 ムーラン・ルージュ新宿座第二十四回公演

「一ヶ月のロングランとなり、中一週おいて再び一カ月の上演となったが客足はおちなかった」中江良夫「新宿ムーラン・ルージュ」『文化の仕掛人 現代文化の磁場と透視図』(青土社、一九八五年)七二頁

演出:中江良夫、舞台美術:中村夏樹、舞台監督:森川時久
出演:宮阪将嘉(にしん場の老船頭)、小滝町子(その娘水江)、野々浩介(丸二と云う漁場の若い親方)、香椎くに子(その愛人)、今村源平(漁師青森)、由利徹(漁師稚内)、小川純(様似)、三崎千恵子(にしん裂きの女標茶のおっかあ)、中井満佐子(にしん裂きの紋別のおっかあ)、利根はる恵(浜の屋のお美代)、若水八重子(雑役の女)、その他漁師多勢、浜の女大勢、発動機船の運転手、その助手等登場人物二十七名
併演:ピックアップショウ『イブの誘惑より』十六景
『日本演劇』第6巻第6号(1948年6月)掲載

中江良夫(1910-1986)

 明治四三年(一九一〇)北海道室蘭に生まれた中江良夫(本名は吉雄)は家が貧しかったため、小学校を卒業すると様々な職業に就いた。作家志望の青年だった中江は早くからNHK懸賞ラジオドラマに応募を繰り返し、昭和八年(一九三三)には『かし家』『馬橇』の二作品が当選していた。同じ頃からムーラン・ルージュの脚本募集にもたびたび応募し、その実力を当時文芸部長格だった斎藤豊吉に見込まれ、昭和一五年(一九四〇)九月、三〇歳で文芸部入りした。警察庁文書課の通信技師からの転身という変わった経歴で、文芸部入りする際は中江はムーラン入りを村山知義に相談、村山はムーランならばと即座に賛成したという。といっても、中江と村山がそれ以前から面識があったというわけではない。中居が勤務すると戸塚署の留置所に、たまたま村山が拘留されていたのだ。
 中江は実弟に喜劇人の佐山俊二がいるが、作風はどちらかと言うと喜劇的な要素は少なく、これまでのムーラン・ルージュの作家に比べて重く現実味がある。自分の経験を活かし、肉体労働者や漁民などを主人公にしたり、北海道・東北地方を舞台に選んだ作品が多い点もこれまでの文芸部員と異なる。
中野正昭『ムーランルージュ新宿座——軽演劇の昭和小史』(森話社、二〇一一年)二九三頁

ここから先は

13,235字

¥ 180

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?