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人はみな、内側に2匹の狼を抱えています~「関心領域」8月9日迄延長決定

徒然に 616
映画はある男と妻と家族のドラマだ。
彼らは自然に囲まれ幸せに暮らしているが、ある時、夫は別の場所に異動するかもしれないと言い出し、妻は自分が丹精込めて作ってきた生活を失うのではないかとショックを受け、
夫婦生活に亀裂がはいりそうになる。
しかし、一度家を出たはずの男は家に戻り、家族と共に暮らすことになる。

ハッピーエンド。

「ひとつ言い忘れていた。
彼はナチスのアウシュヴィッツ強制収容所所長だということ」
                   (ジョナサン・グレイザー監督)

・・・

只今上映中の「関心領域」、
この映画を観たら今までの自分ではいられなくなるくらい、
とてつもなく強い衝撃を受ける。

ある日「もう一度見ようと思って」と受付けされたお客さまが
「初めて見た時、怖くて、二度と見たくないって思ったんです。
でもしばらくして、勇気出してもう一度見よう、そんな気持ちになって」と
お話して下さった。
突き動かされるようなそんな気持ちがわかるように思います。

監督はこのテーマで取り組もうとずっと考え続けていて、
その糸口を探していた、そんな時に出会ったのが
マーティン・エイミスの小説「関心領域」だったといいます。

小説の中に描かれた強制収容所所長ポール・ドールの視点に注目し、
モデルとなったルドルフ・ヘスと妻のへードヴィヒについて調べ始めたのです。

当時の使用人たちの中で生き延びた庭師が
「ルドルフが転勤することになってヘードヴィヒが文句を言い激怒した」
との証言を聞き、映画の設定にしたいと。
このシーンは映画の中でも強烈で、妻の考えていることにまさに衝撃を受けました。
(妻を演じた女優さんが「落下の解剖学」のザンドラ・ヒュラーであることにも・・)

調査に2年、構想を練り脚本を執筆、
この作品はジョナサン・グレイザー監督の確固たる信念が導いたものだと思います。
長くなりますがご紹介します。

複数のプロジェクトを同時に進行できれば良いのだけれど、
私は一度に一つのことしかできないタイプなんです。
今回は歴史の細部に至るまでリサーチすべきことが本当にたくさんあって、
脚本を書き始めるまでに2年かかりました。リサーチチームと、ひたすら本を読み、
資料を読み・・。

調査を始めた頃、ホロコーストの生存者の方が
「今でもドイツ人に対して憎しみを抱いていますか?」という問いに

「人はみな、内側に2匹の狼を抱えています。
良い狼と、悪い狼。
餌をたくさん与える狼が、私たちを仕切るようになります」と。

この言葉は大きな指針となり、この映画が伝えたいのはまさにそういうことなのだと思っています。

人間は時に“争うための理由”を見つけたがっているように見えます。
そんなことをしてもなにも良いことはないのに。
私はこの映画で “人間としての私たち” を見つめてみたいと思いました。
作品を通じて、
なぜ一部の人間の命が、別の人たちの命より価値があるとされてしまうのか?
暴力と抑圧を生み出すことについても描きたいと思いました。




映画の途中で映像は物体から放射される赤外線を感知するサーモグラフィーになるシーンがあります。
そのきっかけはポーランドで、当時12歳でレジスタンス活動をしていた女性に出会ったことでした。

「彼女はあの頃、外に出て何人かの収容者にこっそり食事を与えていたといった。
でも自慢げに言ったわけではなく、その状況下で彼女の年齢では自然なことだった。

彼女の話は心に残り、それがとても神聖なものであるように感じた。
宗教的な意味ではなくて。

彼女はヘスの対極に位置していて、まぶしい光だった。
映画で彼女は熱を表示するサーモグラフィーで表現されている。
彼女は映画では非常に重要な役割を果たしているが、実際には登場人物ではない。
私は彼女をエネルギーとして捉えた」




あの日彼らは知らないふりをしていた。
私たちが知らないふりを許していた。
その行為の果てが今ここにある。未来が今、ここに在る。
無関心のままで良いのか?

結末は、過ぎ去ったことではないのだと。

誰かの命の方が別の人たちの命より価値がると思えるのでしょうか?
映画はそれを問います。

わたしが興味を持つのは、平和、理解、仲直りを訴えることです。

ふたつの世界は壁ひとつで隔てられている。



●タイトルの関心領域 The Zone Interest 独:interessengebiet

ポーランドのオシフィエンチム郊外のアウシュヴィッツ強制収容所取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するためにナチス親衛隊が使った言葉。

●「関心領域」8月9日まで延長が来まりました。





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