見出し画像

札幌は特別な場所~近浦啓監督「大いなる不在」

徒然に 623
受話器を取り、番号を押す。受話器の向こうから
「事件ですか? 事故ですか?」という声が。しばらくして
「…事件です」。

閑静な住宅街に物々しく機動隊が張り巡らされた。
そして玄関の扉を開けて外に出てきたのは
身だしなみを整え、いつも持ち歩くかばんを手にした老人だった。

「大いなる不在」、父親の不在を巡る物語だ。

先日、シアターキノでロングラン上映中、5週目に入った土曜日に
近浦啓監督がいらしてのゲストトークがありました。

「やっと来れました」そんな第一声を。

キノに来ていただくのは前作の「コンプリシティ 優しい共犯」から2度目。
トーク前、待っていただいた時に、壁面にあるゲストのサインのなかから、
見つけました。
「コンプリシティ」の時のサインを。

2020,2.20 「また来ます」と書いてありました。

その通りになりました。そして
「あの後コロナが始まったんだね・・」「ほんのすこし間に合った、そんな感じですね」
などとお話していました。

監督にとって札幌は特別な場所だといいます。


初期の短編作品で札幌国際短編映画祭グランプリ受賞したこと、
そのことによって意識的に世界に目を向けるようになり、
「コンプリシティ 優しい共犯」ではトロント国際映画祭、釜山国際映画祭、
ベルリン国際映画祭で上映され、5年後の長編第2作、
今回の「大いなる不在」ではサン・セヴァスティアン国際映画祭では
主演の藤竜也さんが最優秀主演俳優賞に輝きました。

札幌から始まったといっても過言ではないかもしれませんね、
そして自身の会社には札幌の仲間が10人くらいいるのだそうです。

「実は「コンプリシティ~」のキノでの上映の時は、
すでに次回作は脚本もできていて稚内で撮ろうと思っていました。
しかし突然世界は新型コロナ感染症のパンデミックに直面。

作品は中断し、あれほど世界が変容してしまうと「今じゃない」、
もはや時代の空気が変わってしまった。

では今自分が撮るべきものは? と自問した時に浮かんできたのは
『不在』(absence)というキーワードでした」。

2020年4月札幌に来ていた時に警察から電話がはいり
「父が保護された」と。
父が突然認知症を発症したこと、
そのために幼いころ暮らしていた北九州市に
月に1回のペースで帰るようになり、新幹線の車両にはたった僕一人だけ。
東京から5~6時間をかけて。

その経験は長らく疎遠だった父親のことを再発見してゆく旅でもありました」

「映画はフィクションですが、
きっかけは自身のこのような体験、そこが大きい」と。

幼い時に父は僕と母を捨てて家を出た。
ぼくは俳優という職業につき、妻と共に東京で暮らしている。
ある日、警察から父が問題を起こして警察に保護されたと連絡が入る。
幼いころ住んでいた、今は父が暮らす九州へと向かう。
どうやら父は認知症を患っていて、施設に収容されたのだと。
疎遠だったあまりにも空白の時間が父と僕の間にはある。
父は再婚したがその妻の姿が見えない、一体どこへ・・?

父を辿る旅は
父が青年であったときへと遡ることにー
今まで知らなかったその青年の想い、愛する人を想う一途さは、
やがて父という存在よりももっと大きな、
父と息子の障壁を越えたひとりの人としての存在となって
立ち現れる。

心に秘めた物語の豊かさ、そしてその記憶を忘れてゆくという残酷さ―
妻はひとり、一番たいせつな二人の時間が綴られた日記を置いて家を出た。
そして夫は薄れた記憶の隙間から妻の日記を大事そうに抱えている。

「わたしを忘れないで」
その想いが伝わるだろうか。

●「大きな不在」20:20~ 8月22日(木)までの上映です。

近浦監督は次回作の脚本に入ったそうです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?