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tari textile BOOK 後編 #8「素材にふれる丹波布」第1話

第1話

 
   20××年 和綿村わめんむら

 

「ただいまー」

「あら、わたね、お帰り。学校はどうだった?」

「まあまあ、かな」

「あらそう、ちょっとお母さん買い物に行ってくるね」

 

 コットン学園に通うわたねくんは、現在3年生。綿わたたねとして、この先の進路について考え始める時期にある。インド原産のアルボレウム族として和綿村に生まれた彼は、クラスメイトである、他の種族のたねたちとの違いを自覚しながらも、自らの進むべき方向がまだわからずにいた。

 

「俺は、広大な大地でたくさんのコットンボールを実らせて、薬の力も借りて一気に機械で収穫、大量の綿から大量の紡績糸になって、最新式の高速機械織機で織物になる。そうして世界中の人々に着てもらえるような衣服になるんだ」

 そう自信たっぷりに宣言するのは、クラスメイトで、ヒルスツム族生まれのマイケルワタネ。彼のルーツはメキシコ南部にあり、その後アメリカで品種改良を重ねてきた種族だ。わたねくんと比べて身体が大きく、見るからにたくましい。綿の収穫量も多く、機械紡績や機械織りに適した繊維のため、世界中の衣料品に使われている。現在世界で栽培されている綿の90パーセント以上を占める、超多数派だ。

「そうだね、きっと君はそのパワフルな性質で世界中に貢献できるよ。ただ君自身に対しても、収穫などに携わる人間や周囲の環境に対しても、農薬の被害がちょっと心配だけど」とわたねくん。

 

「僕は、この細くて長い繊維に磨きをかけて、高級感のある素敵な綿製品になるんだ」 

 そう晴れやかに語るのはバルバデンセ族出身のワタネール。彼はペルー北部に祖先を持ち、その後その祖先たちは中米や西インド諸島を北上、現在ではエジプト綿や海島綿、スーダン綿として定着した種族だ。彼らの種族は綿わた世界の中でも最も長い(約60ミリ)の繊維を持ち、その細くしなやかな糸を活かした高級綿製品として活躍している。

「君ならきっと高級感溢れる素敵な綿製品になれるよ」わたねくんも同意する。

 

「おい、わたね、お前はいったいどうなりたいんだ?」そうマイケルワタネに聞かれるも、わたねくんはうまく答えることができない。

「君は、オーガニック思考の趣味人の間でのんびりと一生を終えるだけでいいのかい?」ワタネールも心配そうだ。

「うーん、そういうわけじゃないんだけど、まだどうしたいのかよくわからないんだ」わたねくんはそのように悶々とした日々を送っていた。

 

 自分の部屋で1人になり、一片の布切れを眺めるわたねくん。それは亡くなった彼のおじいさんからもらったもので、和綿村に住むわたねくん達アルボレウム族に代々伝わる伝説の布切れだという。ボロボロで、もともとどんな布だったのか今ではもうわからないような状態だったが、この布切れを見たり触ったりすると不思議とパワーが湧いてくるのだ。

「じいちゃん、ぼく、これから先どうしたらいいかわからないんだ。ぼくは他の綿の種たちと比べて身体も小さいし、綿の収穫量も少ない。できる繊維も太くて短くて、機械紡績や機械織りには向かないから、大量生産の製品にもなれないし、高級感もない。せいぜいこのまま、もの好きな天然思考の趣味人向けの、鑑賞用の綿わたとして生きていくしかないのかな……」

 彼の目から涙が一粒流れ、その布切れの上にぽとりと落ちた。すると、その布切れがいきなりぽわーっと明るくオレンジ色に光り、空中に浮かんだ。

「わあ! なんだ?」

 その布切れはそのままフラフラと空中を漂い、彼の部屋の窓から外に出ていった。わたねくんは慌てて布切れを追うために玄関に降り、外に出た。

「あれ? 布切れはどこに行った?」

 布切れが飛んで出ていったはずの窓の外には何もない。しかしその窓の下の地面に、奇妙な人間がうずくまっていた。

「ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」わたねくんはおそるおそる声をかけた。するとその奇妙な人物は顔を上げ、朦朧とした意識でしゃべりだした。

「こ、ここは和綿村で間違いないですか?」

「はい、ここは和綿村ですよ」

「よ、ようやくたどり着いた……」そう言うとその奇妙な人物はバタリと倒れ込んで気を失ってしまった。

 

 わたねくんはその人物を家に引きずり入れ、とりあえずソファに寝かせた。そのうちに母親も買い物から帰り、家族みんなでその奇妙な人物が目を覚ますのを見守った。

 4時間ほど経っただろうか、その人物はようやく目を覚まし、意識もハッキリとしてきたようだ。

「大丈夫ですか?」とわたねくんは声をかけた。

「や、これはご親切に寝かせていただいたようで、ありがとうございます。突然のことでご迷惑をおかけして大変申し訳ありません……」その人物は自身のことをポツポツと語りだした。

「私はタリと申します。私のオリジナル少数民族である『タリ族』になることを目指して日々研究·修行中の身でありまして……

 その修行の1つとして、自分なりの、原始的な織物づくりを試行錯誤しています。そんな中で、ぜひとも和綿を使って、それも種から育てた和綿を使って織物を作りたいという思いがムクムクと湧いてきたのです。そこでまずどうしたらいいのか、手探りで彷徨さまよっているうちにこの和綿村にこうしてたどり着いたのです」

 

 タリ族? 原始的な織物? このタリという奇妙な人物が語ることは正直よくわからない部分も多かったが、それでもわたねくんは何か心惹かれるものがあった。

「それで、もしやあなたは和綿の種ではありませんか?」タリはわたねくんにおずおずと問いかけた。

「は、はい。ぼくは和綿の種でわたねくんと呼ばれています」

「やった! ついに出会えた! わたねくん、ぜひ私と一緒に最高の織物づくりを目指してくれませんか?」

 わたねくんは何がなんだかよくわからなかったが、そのタリという人物の異様な興奮とノリに押され、一緒に最高の織物づくりとやらを目指すことになったのだった。


 

作品NO.16

→経糸:梅(石灰)、梅(おはぐろ)、ウメノキゴケ(木酢酸鉄) 
 緯糸:梅(石灰)、梅(おはぐろ)、ウメノキゴケ(木酢酸鉄) 
 整経本数308本、半反

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