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"釣り糸の世界:魚を引き寄せる魔法の糸"

釣り、静かなブームとして、日本のレジャーとしての地位を確立し、釣り愛好者は1000万人を超えました。この記事では、古代から現代までの釣りの歴史にシルクが大きく関わっていること。特に釣り糸の進化とその環境への影響について掘り下げます。絹糸から化学繊維への進化は、釣りの技術だけでなく、我々の環境にも深い影響を与えています。

"釣りの楽しみ:私の子供時代の体験"

私も幼少の頃から三河湾でハゼ釣りやキス釣り、夜のタイ釣りなどを楽しんでいました。
釣りをするには餌獲りから始まります。ハゼであればアサリ、タイであれば袋ムシを海に獲りに行って、竹竿に道糸のテングスを結び、竹ひごで編まれた籠を持って出かけたものです。思えば、おとぎ話の浦島太郎とあまり変わらない出で立ちでした。
釣りの泣き所は大切な糸が岩にこすれると切れたり、針を取られたりすることでした。
釣ったものは決して粗末にせず、ハゼなど大量に釣れて食べきれないものは、焼いて、蓮にして干して、甘露煮用や家で使う煮干の代わりに役立てました。買い求めるイワシの煮干より品の良いダシがとれて、ささやかな家計の足しになっていました。

釣りの歴史

人類は道具を使い始めた頃から釣りを始めていたようです。
世界中の遺跡などから獣骨を加工したものや巻貝のカーブを利用した貝針などの釣り針が出土しています。釣り糸はほとんど出土しませんのでよくわからないようですが、釣りの初期は植物や大麻などの強力な植物の繊維が使われて、次第に細い馬の尾や人の髪の毛、動植物の糸が使われて進歩してきたようです。しかし、これらの糸は魚に丸見えで、なかなか思うように魚は釣れませんでした。
ところが、古代から現代まで、海辺に暮らしながら釣りをしない人たちもいます。今から50年以上前私が南太平洋のニューヘブリデス諸島の島に滞在した時、海辺の人達は魚捕りに行くというのに、木の枝の先を尖らせた棒を持っているのみで、釣り道具は誰も持っていませんでした。彼等は岩場にひそむ魚を棒で突いたり、海に浮かぶ流木や浮遊物下に群れている魚を狙っていました。

絹の釣り糸の出現

中国で絹糸が出来て、紀元前10世紀頃になると早くも釣り糸に使われ始めました。絹糸は細くて引っ張りに強く、白く透けて水中で光りを乱反射するので魚に警戒されず、魚がよく釣れるようになったと思われます。

テグス糸(天蚕)の登場
中国ではおそらく宋の時代には山野に生息する5齢の天蚕(糸を吐く直前)の首を切ってシルクゲルを採り、酢で処理し、細い穴を通して「テグス糸」を作っていたと思われます。それを使って宋の貴人たちは釣りを楽しんでいたのでしょう。

なぜ天蚕が使われたか?
当時豊富にあった家蚕を使わずになぜ天蚕を使ったのでしょうか?
天蚕のテグス糸は家蚕のそれより引きに強く、シャンパンゴールドに光る光沢は魚に警戒感を与えず、糸が切れにくく、大きな魚もよく釣れたので、漁師達が使い始めたのではないかと思われます。
家蚕の糸は権力者の衣服を作り、大きな利潤をもたらす交易品であったので、糸以外の転用を禁じていたのかもしれません。
釣り糸には天蚕ばかりでなく、身近な屋外に生息する野蚕、特に網目の繭を作るクス(樟)蚕なども使われていたようです。

日本への伝来
日本へは中国から漢方薬の包みを結ぶティエン ツアン(天蚕)として輸入されて「テンサン」と呼ばれるようになりました。その紐は非常に丈夫で透き通っていたため、江戸時代中期に漁師が釣り糸として利用し始めましたが、とても高価で庶民が使えるようなものではありませんでした。それでも江戸時代も元禄の頃になると、余裕のある武士の間に釣りがもてはやされるようになり、1730年代になると長野県穂高周辺で天蚕の織物が組織的に作られ始め、同時に天蚕の釣り糸もテグス(テングス)として増産され、1940年頃に安い人造テグスが出現して、一般の人達の間に釣りが急速に広がってきました。

釣りと釣り銭
買い物をした時、お返しを「お釣り」というのはどうしてでしょう。
魚釣りは本来魚を吊り上げるので「ツリ」と言われ、買い物のツリは品物を買って、高額な対価を支払われた時、品物の値段と支払額がつりあわないので、買った人に渡した品物とその差額を埋め合わせる小額な銭で、価値の均衡を図ったことから「つりあう」(均衡)という意味で「ツリ」と言われるようになりました。

釣り糸と環境保全
今日の釣り糸は非常に強力な化学繊維になりましたが、テンサンから作られていた時と同じように「テグス」と呼んでいます。釣りが大衆化して、釣り糸が各所に放置され、鳥などの足に絡み自然環境の劣化を招いています。
長い間に化学繊維の釣り糸はナノ分子に分解され水質汚染にもなっています。

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