東名高速唱歌

前回の『名神高速唱歌』が好評だったので、第二弾として『東名高速唱歌』を書きました。相変わらず雰囲気で書いてるだけなので文法とか間違ってたらスマソ。


みかどまします この都邑
日本国政 中心地
繁華のもとを 尋ぬれば
ひとえに幕府の おかげなり


天下を治め 太平の
国土を築いた 彼人に
逢わんと日光 詣づ人
尽くることなし 今もなお


家康公は 造作人
手がけた普請 数知れず
すずりの海を 干したれど
行実いかでか 書き尽きぬ


日比谷の入江 かげもなき
霞ヶ関より 六本木
渋谷・大橋 経由して
首都高三号 用賀まで


三号またの名 渋谷線
これ東名へ 直結す
東海道の 遠乗りは
ここにいよいよ キックオフ


東関東 常磐道
東北・関越 中央道
All roads lead to Tokyo
東名の端も この街に


山手・環七 環八と
放射をつなぐ 環状線
その数未だ 足らずして
地中に築く 外環道


笠取山から 流れくる
多摩川渡れば 川崎市
港に栄える 工場の
夜景は人の 胸をうつ


青葉へきたる 首都高で
横浜市街は 一っ飛び
昼夜混みたる 保土ケ谷の
バイパス通らず 海辺まで

一〇
開港五港の 横浜は
文明開化の かなめなり
近代水道 瓦斯・鉄道
ここに発祥 いと多し

一一
軍艦うかぶ 横須賀に
ペリーの来たる 久里浜港
砲台のこる 城ケ島
源氏をしのぶ 八幡宮

一二
あとに名残りは 多けれど
町田かえりて 西へ向き
さねさし相模の 国に入り
大和トンネル くぐりたり

一三
地図に線路の 彩模様
関東にては 珍しき
駅なき自治体 綾瀬市に
インター果たす にんおもし

一四
その規模日本 最大の
海老名のサービス エリアこえ
圏央道と 分岐して
渡る相模の 馬入川

一五
川を下れば 此処こそが
名だかき湘南 海岸ぞ
海の彼方の 島かげは
伊豆大島か 何ぞやと

一六
厚木で分かるる 道ゆかば
大磯・二宮 小田原へ
ターンパイクの 風あびて
大観山へ いざ行かん

一七
坂東一の 聖地たる
大山おおやまいただく 伊勢原市
男女なんにょの坂か ケーブルか
なれよいずれで 詣でむか

一八
相州秦野は 水のまち
丹沢山地の めぐみなり
弘法大師の 故事にきく
山に桜の 花ぞ舞う

一九
中井・大井と 丘陵を
打ち過ぎ行けば 松田町
左右ルートに 分岐して
足柄平野の 北をゆく

二〇
五代の栄華 遥遠に
出し殻平野と 冷やかされ
諸行は無常 現前に
されど茂みの 草いきれ

二一
酒匂川沿い すすみ行き
峠を越えて 駿河入り
ふりさけみれば 富士の山
川の名前も 変わりたり

二二
狭霧さぎりがつつむ この街に
土塁わずかに 消え残る
家康公の 御殿跡
これ御殿場の 由来なり

二三
総火演の 東富士
演習場を かすめつつ
間もなく沼津の 出口あり
田方平野が 開けたり

二四
縦貫道を 南方へ
行けば数多の 名所あり
伊豆の踊子 天城超え
河津七滝 ループ橋

二五
富士を流るる 富士川は
東西ヘルツの 境なり
この水上に ありと聞く
早川渓谷 紅葉狩り

二六
東海道の 親不知
山は海辺へ 迫り来て
由比のみなとを 渡るれば
薩田隧道トン子ル 興津川

二七
世に名も高き 清見潟
むかし懐かし 歌枕
海の彼方の 松原は
世界遺産の 一部なり

二八
清水市街の 巴川
水の流れは ゆるやかに
水面に蒼き 空色を
映しつ至る 折戸湾

二九
日本武尊の 国見の地
日本平の 眺望は
海内無双 麓には
久能山の 東照宮

三〇
宮の門前 南側
海を眺むる 傾斜地は
めぐみ日光 燦燦さんさん
いちご栽培 栄えたり

三一
高架の下に 登呂遺跡
弥生の暮らし たずね見ん
家康公の 駿府城
静岡いちの 名所なり

三二
安倍川渡り 日本坂
かつての事故は 安全な
道路みちを堅守す 教訓と
今も脈々 伝えられ

三三
遠洋漁業の 焼津港
マグロ・カツオで 知られたり
南の大井 川港は
海の宝石 桜えび

三四
昔は難所の 大井川
今は幾多の 橋渡す
されども未だ 越えられぬ
川の奥地の 水いくさ

三五
吉田を北へ 十五分
蓬莱橋は 世界一
長き木造 歩道橋
渡り鳴らさん 梵鐘を

三六
相良牧之原 菊川に
掛川・小笠 袋井と
茶畑多し 東遠の
丘陵地帯を 快走す

三七
古代遠州 中心地
磐田をすぎて 渡河すれば
人口県下 最大の
浜松市にや 着きにけり

三八
カワイ・ヤマハに ローランド
楽器産業 栄えたり
三ケ日みかん うなぎパイ
グルメも多し この都会

三九
三遠南信 結ぶ道
今も難所の 青崩
構造線の 脆弱な
地盤が技術 打ち負かす

四〇
宇利の隧道トン子ル 抜けて
愛知は頼朝 信長に
秀吉・清正 家康と
英傑いづる 大地なり

四一
豊川おりて 北行かば
長篠合戦 古戦場
南へ行かば 豊橋市
昔時は軍都と 名を馳せり

四二
赤塚・音羽 蒲郡
美合の次は 岡崎市
味噌・石工で 知られたる
家康公の 郷里なり

四三
豊臣・蜂須賀 出会いたる
橋の西方 大友に
乱に敗れて 逃れ来た
皇子の伝説 残りたり

四四
湾岸道と 交差して
工都豊田に 着きにけり
その名世界に 轟かす
日本一の 企業なり

四五
みよし・東郷 日進市
三市をまたぐ 愛知池
愛知用水 建設の
苦労しのばる この水面

四六
尾張名古屋は 城で持つ
豪華絢爛 文化財
乃木希典の 名を冠す
倉庫で戦火 免れり

四七
尾張旭の 聾石つんぼいし
名古屋御坊の 残石と
城の造作の 物語
尾州各地に 今もなお

四八
台地の先に 草薙の
剣なだかき 宮居あり
そのみ前より 渡し船
乗るは昔の 物語

四九
濃尾平野の シャングリラ
ここは名古屋の 守山区
日本武尊の 白鳥の
伝説残る 古墳あり

五〇
庄内川の 橋渡り
春日井過ぎて 分岐あり
日本最古の ジャンクション
中央道へ 接続す

五一
瑞穂の国の とりがなく
東の果ての 起点から
はや半日で 着きにけり
終点小牧 インターへ

五二
直進すれば さらに西
名神高速 兵庫まで
道は続くよ どこまでも
野山を超えて 谷超えて

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