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たましいの散歩道(5月)

「異世界系」に感じる時代の変化

皆様こんにちは。私は気分転換にマンガをよく読みます。つい手に取るのは懐かしい作品ばかりですが、最近は「異世界系」というジャンルが人気のようで、興味本位で読んでみました。するとこれが面白いのです。主人公が突然「異世界」に投げ込まれ、あたふたするというストーリー展開が特徴で、「努力」が要らないことも「昭和」のマンガと大きく違っています。
 昭和世代のヒーローたちは、血と汗と涙で力を身につけ、ライバルと戦いながら強くなり成長していきました。そんなドラマに私たちは手に汗握り感動したものです。対して異世界系では、ピンチになると、主人公に必要な能力やスキルが勝手に身につき、いとも簡単に障害をクリアしていく。これはとても面白い違いだと思います。

「思いつき」にこそ神宿る ! ?

 新たな能力を獲得する時、自分がレベルアップする時というのは、自分の今いる「領域」から異なる「領域」に移動する、つながる時でもありますよね。言い換えれば別の「周波数帯域」につながるということですが、周波数を上げるため、変えるために努力や苦しいことが必要というのは、本当は思い込みなのかもしれません。
「ふと思うは神心」という言葉があります。意識せずに発した言葉が、誰かの心に感銘を与えることってありますよね。私も「あの時の言葉が印象的でした !」と声をかけられても、まったく思いだせないことがよくあります(笑)。同様に、頭で必死に考えるよりも、何かの拍子でこぼれ出た言葉をきっかけに、スルスルと物事が解決することもあります。本人にまったく自覚のないところで、神はメッセージを送っているのかもしれません。

軽々と領域を飛び越えるには

 これらのポイントは「何気なく」というところにあると思います。いつもとは違う領域と繋がるためには、意識的に何かをするのではなく、無意識に近い状態でいることが大切なのではないでしょうか。「異世界系」のマンガは、“努力や根性”で育った昭和世代にはご都合主義のようにも受け取れますが、“必要なことは努力してではなく、無意識のうちにもたらされる”ということをよく表していると思います。日々異世界系に触れている今の若い人たちなら、今ある現実とは違う領域に軽々と飛び越えていけるのかもしれません。
 もうひとつ、異なる領域とつながっている感覚を得られるものに「外応」という考え方があります。このことについては次回お話したいと思います。

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