ラジカセの話

先月、34歳になった。
誕生日プレゼントで妻からラジカセをもらった。

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今さらラジカセ?と思うかもしれない。


きっかけはある日、前職の上司の別荘に行ったことであった。
別荘は海の近くにあった。

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海の近くどころかビーチの目の前で最高のロケーションだった。

別荘に着いて上司に連絡すると、海の家で飲んでいるとのことだった。
海の家で合流して、炎天下の砂浜でビールを飲んで、少し酔った状態で別荘に向かった。

別荘には家具がほとんどないので広々としていた。
広々とした空間にクーラーがガンガンに効いており、生き返った。

窓を開けて、テラスに出ると熱風と一緒に海の匂いが入ってきた。
すぐに窓を閉めて、クーラーの効いた部屋でビールを飲み始めた。

お酒を飲んでいると上司が急に、音楽を流したいと言い出した。
席を離れて、持ってきたのがラジカセであった。


今時、ラジカセ??


上司はカセットテープをテーブルの上に並べた。
30年くらい前のもので曲名が書いてある紙は傷んで少し黄ばんでいる。
女性の字で歌手名や曲名が書かれている。

サザンオールスターズ。

これを流そうと、ラジカセにカセットテープを入れる。
再生を押すだけではすぐには流れないので、ラジカセの巻き戻しボタンを押す。シュルシュルと巻き戻されているテープの音が微かに聞こえてくる。

ガチャッと音が鳴り、音楽が再生され始めた。

聞き覚えのある桑田佳祐の声。
30年前も今も変わらない。

夏の海にサザンオールスターズ。
まさにピッタリの音楽であった。

30年前のカセットテープだったのでちゃんと動くか気になっていたが、
音質は良いとは言えないがしっかりと聴こえる。

むしろ、ラジカセ独特のこもったような音質が
懐かしい気持ちになって心地よく感じた。


ふと、上司がカセットテープのケースを見ながら昔話を始めた。
このカセットテープは30年以上前に上司が大学生だった時のものだそうだ。

当時付き合っていた彼女と同棲をしており、
彼女が作ったこのカセットテープを一緒に聞いていたらしい。

社会人になっても交際は続いていたが、
彼女には好きな男ができて、ある日フラれた。
本当に好きな彼女だったので、当時はショックで落ち込んだそうだ。

彼女は結局、別の人と結婚した。
しかし、彼女は結婚して数年で病気で亡くなってしまった。

それから三十数年の時間が経った。

なぜか、そのカセットテープだけは捨てられずにずっと手元に残っていたそうだ。

僕は彼女に会ったこともないし、会うことももうできない。
本当に存在したかわからない。

だけれども、カセットテープに書かれた<サザンオールスターズ>という
手書きの文字からたしかにその人が生きた証を感じた。


今でも上司は一人で別荘に行って、夜にお酒を飲みながら、
ラジカセを流して30年前の若かりし頃の思い出に浸っているらしい。



今の世の中は写真、音楽などはデジタルで全てデータとなり、形としては残っていない。
古いiphoneから新しいiphone、古いPCから新しいPCに簡単にデータは引き継げる。

そういった状況なのでフォルダの中に埋もれたり、気づかない間に移し忘れたりして、存在自体を忘れて自分の記憶の中からも消えてしまう。

一方で写真立てにある写真は何年間もずっと家に置いてあり残っていたりする。
僕の実家にも僕が高校生の時の写真が今もリビングの写真立てに飾ってある。


そんな僕も今年34歳となった。
昔のように歳を重ねるのが嬉しいとは言えなくなってきた。


でも、上司のように歳を重ねて、振り返ることができる
思い出がたくさんあるのはいいなと思う。


毎日が大変な子育てであるが、
きっとこの時期が懐かしいと思う時がいつか来るのだろう。

今、この瞬間を大切に生きていきたい。

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