マンハッタンカフェのふかいり —間章2—
あの日から、もう3年が経つのか。
デスクに向かい、カフェのトレーニングスケジュールを見直しながら、僕はふと過去を振り返る。
最初の頃は、まるでごく普通の教師と生徒のように。
トレーニングが終われば必要なミーティングだけをして、すぐにカフェを寮へ送り出していた。
でも。『これでいいんだ』と、自分に言い聞かせるように。
少し素っ気なさすぎるかな、と悩んだこともあった。
他のトレーナーは・・・人にもよるが、お出かけをしたり食事をしたりしているらしい。
ただ、僕は30歳。カフェはまだ10代の少女だ。大切な青春時代を過ごしている彼女に、こんなおじさんが、特に僕のような人間が過度に干渉するのは良くない、と思う。
カフェも一人でいることが多いから、きっと大丈夫だろう。
そう自分を納得させていた。
———でも、あの日は違った。
「トレーナーさん・・・好きなものは、なんですか・・・?」
ミーティングが終わり、カフェを送り出そうとした時だった。
『え?好きなもの?』
突然の質問に、少し戸惑いながら聞き返した。
「なんとなく、聞いてみたくて・・・。ちなみに、ワタシは・・・コーヒーが好きです」
カフェの金色の瞳が、僕をじっと見つめていた。
『そうか。実は僕もコーヒーが好きなんだ。どちらかというと、ブラックで飲むのが好きかな』
「まあ・・・!そうだったんですね」
カフェの目が輝いた。
「実は、おいしいコーヒーが・・・あるんです。一緒に・・・飲みませんか?」
『え?いや、悪いよ。カフェに気を遣わせちゃって...』
「いえ、ワタシが・・・トレーナーさんと一緒に、飲みたいんです。お願いします・・・」
———断れない。
カフェの真剣な眼差しに、ついつい押し切られてしまった。
トレーナー室で淹れてくれた彼女のコーヒーに、僕は舌を驚かせた。
今まで感じたことのない、深みのある味わい。香り高く、でも優しい。
「どう・・・ですか・・・?」
『うん、とてもおいしいよ。こんなおいしいコーヒー、初めてかも。』
思わず顔がほころぶ。
そんな僕の顔を見て、カフェもにこりと微笑んだ。
「エチオピアの豆なんです・・・。爽やかな酸味が特徴で・・・」
カフェは静かに、でも熱心にコーヒーの説明をしてくれた。
僕はコーヒーは好きだが知識があまりなかったので、ただ頷きながら聴くことしかできなかったけど、彼女の目の輝きに見とれていた。
・・・今思えば、あの日から少しずつ、カフェとの距離が縮まっていったような気がする。
でも、本当にこれでよかったのだろうか。
——————昔から、僕は喧嘩や怒りの感情を目にするのが苦手だった。家族の喧嘩、言い争いを日々目にして育った。
・・・とても辛い、辛い経験だ。
今でも耳に残る、両親の怒鳴り声。お互いを責める暴言の数々。
そして最後には・・・・・離婚。
原因は単純。お互いの過度な干渉だった。
そんな親を見ていたからか、僕は当たり障りのない会話に終始しようとする。
喧嘩を、嫌われることを、何よりも恐れている。
———けれど、本当にそれでいいのか。
カフェとの関係・・・トレーナーと担当ウマ娘。それ以上でも以下でもない。そう言い聞かせてきた。
カフェの笑顔。優しさ。それらが、僕の心に少しずつ染み込んでいく。
怖い。でも、嬉しい。
そんな矛盾した感情を抱えながら、日々カフェと向き合っている。
彼女が以前よりも近づいてくれること。それは僕の心を温めてくれる。
でも同時に、その距離感に戸惑いを感じていることも事実。
どこまで踏み込んでいいのか。
どこで線を引くべきなのか。
トレーナーとしての責任。一人の大人としての分別。
そして・・・彼女の優しさに、時々甘えてしまいそうになる弱み。
これらが複雑に絡み合い、僕の中で答えの出ない方程式を作り出している。
彼女の成長を、夢の実現を全力で支えたい。
それが僕の役目だ。それは変わりない。
けれど、この胸の高鳴りは・・・
この温もりの正体は・・・