マンハッタンカフェのふかいり —第三章—

日々のトレーニングや競走を重ねるにつれ、カフェの成績は着実に上がっていった。
それに伴うように、彼女の執着心もまた、静かに、しかし確実に膨らんでいった。

とある日の夕方、カフェのトレーニングを終えて帰り道。
今日は晩御飯の材料を買ってから帰宅しようと、学生が通る正門ではなく、職員の通用口側へ体を向けた時だった。

「トレーナーさん?・・・今日はどこかに行くんですか?」

カフェが、いつもより少し強い口調で尋ねてきた。
いつもと帰る方向が違うことを訝しむように。

『え・・・?ああ、帰る前にちょっと買い物に行こうと思って・・・。』

「・・・・・どこに行くんですか?何を買うんですか?」

『えっと・・・近所のスーパーかな。晩ご飯の材料を買おうと・・・。』

「・・・そうですか」

カフェは俯き、そう呟いた。明らかに気落ちした声を聞くと、何か悪いことをしたような気分になってくる。

「ワタシに何も言わずに出かけるなんて・・・寂しいです」

『えっと・・・ごめん。でも、買い物くらい報告しなくても・・・』

「ダメです!」

カフェの稲妻のような怒声が響き、思わず体が強張る。

「トレーナーさんのことは・・・全て知っていたいんです。どこに行くのか、何をするのか・・・全て」

彼女の言葉が、僕の背中を凍りつかせる。
まるで地面から伸びた氷の手が、背筋を這い上がるかのように。

『カフェ・・・それは少し・・・』

「お願いします・・・。これからは、どこに行くにも、教えてください・・・必ず。」

『・・・わかったよ。気をつける』

涙を浮かべ懇願する彼女に、僕はそう答えるしかなかった。

それ以降、僕の行動は常にカフェに報告することになった。
買い物に行く時も。少し気晴らしに散歩に行く時も、仕事をする時も、全てカフェに伝えなければならなくなった。

最初のうちは、カフェの心配りだと思うようにしていた。
・・・そう思い込まなければ、保てなかった。
けれど、次第にその「心配り」も、重荷にしか感じられなくなっていく。

・・・きっと彼女は、何か心配事があるから・・・
・・・彼女の親切心に対して、僕はなんて失礼なことを・・・


でも———


———今日の食事はどんなものを?
———昨日の夜、何か夢を見ましたか?
———休日の予定は決まっていますか?


毎日のように繰り返される質問。

———今日の朝食は?昼食は?夕食は?全部教えてください
———昨日は何時に寝て、何時に起きたんですか?
———休日はどこで、誰と、何をするんですか?


日に日に内容は、深く、深く、入り込んでくる。


———朝食の具材は何を使いましたか?昼食はどこで食べたんですか?夕食の味付けは?
———寝る前に何をしていましたか?夜中に目が覚めませんでしたか?
———今度の休日に会う人はいませんよね?・・・いる?・・・名前を言ってください、全員。


気づけばそれは、僕の生活のあらゆる面に及んでいった。


ある日、久しぶりに大学時代の友人と会う約束をした時のことだ。

「トレーナーさん・・・今日はどこに行くんですか?」

『・・・えっと・・・、友達と会う約束をしてるんだ。』

「そうですか・・・。どこで会うんですか?何をするんですか?相手は女性ですか?」

『えっと、駅前の喫茶店で。ただおしゃべりするだけだけど。』

「・・・それで、相手は?」

『お、男友達だよ?学生の頃からの・・・』

そういうと少し安堵の表情を浮かべたものの、以前として暗い顔のままのカフェを見て、僕は急いで付け加えるように言った。

『大丈夫だよ。すぐに帰ってくるから。』

「・・・わかりました。でも、帰ってきたら必ず報告してくださいね」

その言葉に、首輪を締められるような息苦しさを感じる。
自由を奪われていく感覚。

砂時計の砂のように、少しずつ、彼女の側へ落ちていく。

日に日に強くなる首輪の締め付け、短くなっていくリード。

その束縛からだんだんと逃れられなくなっていっていることに、底知れぬ恐怖を覚え始めていた。

いや・・・もしかして、僕はもう・・・