(仮題)ラインクラフトのまばたき —序章—

春の朝、トレセン学園の校庭は新緑に包まれている。僕のデスクからも、その穏やかな景色が見渡せた。桜の花びらがひらひらと舞い、少し開けた窓から入る心地よい風に乗って、春花の香りを室内へ届けてくれた。学園はいつも通り賑やかで、ウマ娘たちの笑い声があちこちから聞こえてきている。

そんな穏やかな日常の中で、僕は担当ウマ娘であるラインクラフトのトレーニングメニューを練り直していた。

彼女の素質は確かで、己の弛まぬ努力によって距離適性の壁を乗り越えた。そして、見事にトリプルティアラへと輝き、名実ともに歴史に名を残すウマ娘となった。
トリプルティアラを取った後も、甘んじることなく努力を続け、トレーニングをこなしてくれている。

あとは僕がどれだけ彼女を支えられるかにかかっている。

『よし、だいぶ出来上がってきたかな。』

メニューの組み直しが一段落し、椅子を立って背伸びをする。
窓から差し込む日光を浴びると、体の疲れというか、悪いものが浄化されていくような気がしてきた。



「トレーナーさん!」

ふと、背後から明るい声が響いた。

振り返ると、そこにはクラフトが立っていた。
彼女はいつも通りの明るい笑顔を浮かべ、僕をまっすぐに見つめている。
その手には、彼女お気に入りのカメラが握られていた。

『おはよう、クラフト。今日はいい天気だね。』

「おはようございます!そうですね、せっかくですし、今日のトレーニングは外で気持ちよくできそうですね!」

明るさと無邪気さが混じった彼女の声に、こちらもつられて笑顔になる。

『そうだね。今日は絶好のトレーニング日和だ。最近は室内ばかりだったし、今日は河川敷に行って思いっきり走ろうか。』

「やったー!ふふっ、気持ちよく走れそうですし、それに、いい写真も撮れそうな気がします!」

クラフトはぴょんぴょん跳ねながら、手にしていたカメラを持ち上げた。

彼女が写真を撮るのが好きなことは知っていたが、こうして無邪気に喜ぶ姿を見ると、微笑ましい気持ちになる。
彼女のトレーニングに対する熱心さに感謝しつつ、ついでに『いい写真を期待してるよ』と笑顔で返した。


——————しかし、ふと頭をよぎるのは、ここ最近感じている違和感だった。

誰もいないはずの場所で感じる視線、そして時折耳に残る「カシャッ」という音。
振り返っても何もない。

ただの思い過ごしだろうか———。


僕は首を振って、クラフトに視線を戻すし、気持ちを切り替える。
クラフトはニコニコした顔のまま、カメラの操作をしている。
撮影した写真を見ているか、今日のために整理しているのかもしれない。

彼女の明るい笑顔を見ていると、心の中に生まれた些細な不安を吹き飛ばしてくれた。

僕にとって、この日々が永遠に続くように思えた。