see line K

高校生のわたし
バンドブーム全盛期直撃
運良くバンドを組んで、でもなぜかバンドと関係ない部活に入り、そこで出逢った友達の話。

その友達は女の子で仮にKさんとしておく。
実はさっき気付いたのだが、彼女と私は同じイニシャルだ。あっらまあー。

その部活が何かは闇に置いておくが、割とハードな部活動で女子が入るのはレアケース。私は当初その部活に入るつもりなど無く、私以外でも進んで入るような人はいない部活なのだが、私を含む数名がいろいろあって結局入部する運びになる。だがその彼女Kは自ら進んで入部してきた。レアにレアが重なった特レアである。

特レアだけあってKはその存在もレアで、いまだにああいった人と出逢った事はない。高校生ながらに良い事と悪い事の基準がシンプルながら案外柔軟性もあるような、それでいてどこかしら緊張感もあり限界ギリギリまで頑張れるタフさもありながらある種の繊細さも弱さも持っている人。あと結構可愛い類の人で陰ながらモテてもいた。変わり者扱いもされていたが。。うん、特レアな人。

高校生の私といえば、今でも変わらないが不器用さでは県大会レベルだった。そんな私も部活の同期とは割と仲良く暮らしていたが、彼女はとりわけウマが合った。今から考えるとKの懐が相当深かったのだろうと思う。

Kは私がやっていたバンドをとても好きでいてくれて、特に私のギターを気に入ってくれていた。それを私もとても嬉しく思っていた。なんならおそらく私はKの事が好きだったのだと思う。不器用県大会ベスト8の私なのでそういった進展はなかったのだが、なぜだか奥深いところで繋がっているようなシンパシーは感じていた。

プロセスを端折って、
Kは高2で中退する。その時に悲しかったのかどうかは覚えていない。。。


彼女が言っていた言葉で強烈に覚えている一言がある。

「あんた絶対サラリーマンになるなや。そのタイプちゃうから、好きな事しいや。」




Kは私たちが19歳になる夏の朝方、バイクの単独事故で亡くなった。その一連の流れはここでは割愛するが、あまりに突然の事だった。仲間達で見たKの顔は今にも起きてくるのではないかと思うくらい綺麗だった。



私は20代前半にサラリーマンになった。それから十数年、転職も数度したがサラリーマンをやった。その時の経験は人生に大いに役に立っているが、向いているかいないかで言うと向いていなかった。やっている最中ですら向いていないと思っていた。

見抜いていたKもたいしたものだが、その期間は時折Kに申し訳ないような気持ちも感じていた。



時は流れ、私は向いてないサラリーマンからフリーランスになり、同時に始めたthanを10余年やっている。始めてから今に至るまで「そうかK、君が言いたかった事はこれなんやな」とずっと思っている。いまだに不器用ではあるがそれも含めて。




ある時期にsee lineという曲を作った。亡くなった2人の友人の事に思いを馳せて、彼ら亡くなった者と生きている私の間には明確に一線がありその線をお互いに見ているという曲なのだが、彼らがその線を見ているかは不明だ。私はその見えない線を見ていて、彼らにはひょっとしたら見えてるのかもしれない、そんな曲だ。

その2人の友人の1人が彼女、Kだ。

余談だが、その2人に加えて昨年亡くなったバズ(犬ドッグ)もその線を見ているような気がしている。

see lineをやる時は必ず彼らの事、Kの事を考えている。なんなら彼らが作った曲のように思えて実は気が抜けない。演奏中に少しでも散漫になる瞬間があると、Kが見ていると思って緊張感が走るし、アウトロでは今日も出来たよっていう安堵感を感じている。




今後私の人生がどう展開するのかはまったく分からないが、願わくばKが示してくれた未来に近いところで生きていきたい。


最後に

Kと私は1時間目をよくサボって部室で遊んでいた。Kはたいてい無防備で、ある日Kが体育座りでダベっていた時、その時見えていたパンツは水色だった。

お前パンツ見えてたぞ。やーい。


敬具

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