スパイスwithヨーグルト。25年たっても今なお

それまでヨーグルトといえば何か甘いものと合わせた食後のデザートでした。でも20代半ばで南アジア人たちと親交が増えてからまったく変わってしまいました。

それは、辛いものを中和するマイルドソースであり、なんだったらわざわざ辛い漬物とあえてカレーやご飯に混ぜたり、食事の際汁気が欲しい時の添え物であったり、白いご飯にたっぷりとあえたカードライスという整腸剤みたいな料理もあるくらい彼らは毎食withヨーグルトライフなのです。

最初の頃は抵抗を感じていましたが、やってみるとこれが新境地。今までの概念とは別次元の美味しい海原がブワーッと広がりました。

当時の僕は大阪北部郊外で料理と酒と音楽のやんちゃな店を経営しており、慢性の二日酔い人生。後にライター業に転じ、さらに1998年には色々あって三重県松阪市でインド料理店を開業することに。

店名はTHALI(ターリー)と言ってインドの定食を意味します。南アジア人、特にインド人は普段は主菜副菜とヨーグルト、好みでインドの辛い漬物をセットで食べています。このセットこそがターリーで、高級なものから庶民的なものまで幅広く存在します。

当時、インドといえば、またスパイスといえば一様にカレーと言われた時代。いや、スパイスという言葉さえマイナーで香辛料と呼ばれていました。ターリーなんてものはインド人か、極めて一部のインド通しか知らない言葉だったのです。

でも当時の日本人は今のような一杯丼主義じゃなく大半は塩サバ定食や大阪ならお好み焼き定食?などという定食が当たり前の時代。

また彼らのまかない&家庭料理は、レストランの料理とはまったく違って、スパイス使いはいつもシンプル。量は控えめですべてが柔らかで優しい味わいなので毎日でも食べたくなるものでした。

僕はこのちっとずつ食べる定食スタイルこそが、また優しいスパイス使いこそが日本人がハマるインドスパイス料理だと確信。でも彼らは日本人にそんな質素なもんを出すわけにはいかないと断固拒否。というわけでTHALIでは700円でベジとノンベジの二種のターリーを看板メニューとしたのです。

最初はゲテモノ変人扱いです。でもしばらくすると女性客がたくさんついてくれて。また当時は極めて変人?少数派だったインド通の客も通ってくれました。さらに南アジア人を始めアメリカやイギリスなどの外国人も大勢常連客となってくれました。

で、この時のヨーグルトがほぼ自家製。家庭用にガスコンロ一台から始めたような貧乏食堂ですから簡単にできるものなら全部手作りです。ヨーグルトはステンレス製のポット容器に種となるヨーグルトと牛乳を加えて放置しておくだけです。

が、たまに腐敗して失敗することも。どうやらメーカーによって腐敗しやすいものと培養しやすいものがあるようでした。そこでだんだんこのヨーグルトなら大丈夫というのがわかってきて、以来迷わずそのメーカーしか買わなくなり、スーパーが欠品の際はうちの店もヨーグルトを出さなくなりました。

本当に面白いくらいハマりました。僕のまかないは毎日このヨーグルトとインドの漬物と残りのおかず。店名だけでなく僕の生活そのものがターリーでした。おかげで常連客たちはみんな僕のことをターリーと呼び出し、今でも当時のお客さんはそう呼びます。

先述のまかない&家庭料理からはじまった庶民派ターリー生活をするうち、僕はさらに身体でスパイスwithヨーグルトの深みを知っていくのでした。

まず通じは日々快調!風邪を引きにくくなった。夏でもお腹を中心に身体が温かい。肌がツルツル。大好きだったコテコテラーメンやデリバリーピザを食べると決まって深夜に激しい腹痛で目が覚めてしまい、クローブやクミンなどをミルクで煎じて飲むと治るのでした。そんな翌朝はいつもより多めのヨーグルトを朝食とします。すると一発でご整腸ありがとうございます!

僕はいつのまにかスパイスそしてヨーグルト体質と変貌していたのです。

その後2001年に店をクローズし、大阪に戻ってライター業を復活します。が、お世話になっている方々からターリーのイベントをやってくれ、今度こっちで教室や講演をしてくれ、スパイスキットをもっとたくさん作ってくれなどと、ちっと変わったライターになっていきました。

そして2015年、初めてのレシピ単行本「絶対おいしいスパイスレシピ」(木楽舎)という本が出ました。もちろんヨーグルトを使ったメニューが多く含まれています。

編集者がある時に、僕がヨーグルトにこだわりをもっていることに気づき、THALI時代から使い続けてきたヨーグルトをメーカー名入りで記載すると言い出しました。これをきっかけに「スパイスヨーグルト」なんて言葉でもって、版元と僕とそのメーカーと共にタイアップ販促をするまでに。

この辺りからスパイスとヨーグルトは相性がいいのだ、ヨーグルトはおかずでありサラダでありソースでありカクテルなのだ、という新境地へのきっかけの一つになったと版元やメーカーは言ってくれてます。いやほんま(笑)

別に流行らせてやろうとか、自分がリーダーになりたいなんて思ったことはありません。本当の話をしているだけで。

今なお僕はヨーグルトを切らさない生活を続けています。昔は500グラム。少し前に450グラム。最近は400グラムになっちゃいましたね。どこのメーカーも。

その度に僕が一度に食べるヨーグルトの量も200から150、そして今は140か200などと量感は柔軟に変貌してます。

どのスーパーにどんなものがおいてあって、ブランドの傾向はどうで、いくらで、たまに安売りするかしないのかなどほぼ熟知(笑)

どんなに忙しくても買い出しは僕の仕事で、2、3日に一回仕入れに行ってます。今は朝に食べるのが通例パターン。今朝はインド産マンゴーと共に食べました。いまだに飽きないということは、もはや美味い不味いを超えた世界。そうインド人たちがいう、乳製品はまさに神の雫のようで。

熱すぎてすんませーん!はじめてのノートでした。

THALI カワムラケンジ



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10代半ばから数々の飲食の現場を経験し、20代半ばで物を書き始める。現在はスパイス料理研究家。1991年『P・AGE・BARA』(大阪府箕面市)開業、98年日替わりインド定食の店『THALI』(三重県松阪市)などなど。お店が大好き。店をやっているすべての人を尊敬してやまない。
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