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ナワリヌィ氏の獄死についての考察

2月16日、反汚職基金のリーダーであり、国内外で最も著名な反体制政治家のアレクセイ・ナワリヌィ氏が獄死したという発表が、収監されていた刑務所を管轄するヤマル・ネネツ管区のロシア連邦刑執行庁から発表された。

このニュースに関してはロシア関係の人々だけではなく様々な層からコメントや発信がでている。その状況の中で、彼の存在や今後の展開について、自分の考えをまとめて発信できればと思う。

獄死そのものについて

ロシアの反体制界隈では、「ナワリヌィ氏が亡くなった(Навальный умер)」ではなく「ナワリヌィ氏が殺された(Навальный убит)」という表現を使う方向で動いている。

私としても後者の表現がより状況を表していると思う。

ナワリヌィ氏が直接的に殺されたのか、公式見解である血栓によるものを含む自然死であったかという点は定かではない。選挙前の国内向け見せしめとして殺されたという意見も多く見られる。

ただ私としては、自然死であったのではと考えており、その上で「殺された」という表現を使う方が実態を表しているだろうと見ている。
ただでさえ劣悪な環境であるロシアの刑務所に収監され、さらに数か月前には北極圏の刑務所へ移送されており、その期間の多くを更に劣悪な環境の懲罰房で過ごすこととなっていた。

「北極圏の刑務所で獄死」というのはあまりにもソ連時代の政治粛清を思い起こさせ、それをこの時期に意図的に起こすだろうかという疑念がある。
一方で上で述べた環境に彼を置いたことが彼の死に関係していることは明らかであり、その意味で「ナワリヌィ氏が殺された」と、死因が何であれ言えると考える。

ナワリヌィ氏の評価について

ナワリヌィ氏は「反体制派指導者」「反体制派活動家」と言われることが多い。

個人的に、日本を含む国外メディアは彼の存在を過大評価している時があると感じている。
冒頭で、国内外で最も「著名な」反体制政治家、と書いたが、彼に関する国内の評価はさまざまで、私個人としても考え方など含め彼や彼の一派が好きではないし、それと近い感情を持つ人々は少なくないだろう。

一方でその様な賛否を超えて、現体制と対決していくうえで全員が納得してリーダーとして推せる人物であったことは確かである。
政策や信条が異なっていても、彼の行動に皆一目置いており、まとまりのない反体制政治勢力が結集する際に中心になり得た唯一無二の存在である。

その意味で、現状に異を唱えるロシア国民にとっての損失は計り知れない。

彼の死の影響

反体制派全体にとっての影響は、決して小さいものではない。
反体制派の活動自体は、彼が全面侵攻前から収監されていたこと、彼の一派(反汚職基金、以下FBK)が他の陣営との共闘をあまりやってきていなかったことから影響は少ないだろうが、その活動の効果や影響力については彼個人が持つパワーが削がれることで薄まっていくことは間違いなく、存在感を出すことが更に難しくなるだろう。

FBKについては、政治団体としての今後はかなり厳しいと言えるだろう。
調査報道機関としてのFBKはさておき、政治団体としてのFBKの存在はナワリヌィ氏個人の力に依るところが、対外的な影響力においても、また団体の構造としても非常に大きかった。
幹部の中で政治面での後継者を見つけられるとは思えず、唯一あるとすれば妻のユリア・ナワリナヤ氏があり得るが、不透明である。

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【追記】
このブログは2月19日午前中に執筆し、夕刻に公開したものだが、公開後、その20分前にユリア・ナワリナヤが夫の遺志を引き継ぐことを発表した。

発表動画

彼女であれば反体制派が結集するリーダー、精神的支柱たりえるし、女性リーダーであることも現体制との対比でもプラスに働くだろう。

一方で政治家としての力は未知数であり、今後の動きを注視していく必要があるだろう。
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ナワリヌィ氏は2013年モスクワ市長選2位(日本でいえば東京都知事選次点)の実績や2018年大統領選出馬に向けたムーブメントなど、政治家としての活動実績も持っていたが、そのようなことが今のロシア国内で起こせる可能性はゼロに等しく、これだけの政治的存在感を持てるニューリーダーが生まれるビジョンは持てず、先が見えにくくなってきていることは間違いないだろう。

政権側としては、厄介なものがなくなったという側面は明らかにある。
収監中であろうと精神的な支柱たり得た存在であり、既に欧米からの批判など関係ない状況になっていることを考えると、政権側にとって得はあっても損はない、という状況だろう。

一方でこの獄死は今までの暗殺とは異なり、政府施設の中での死である。
死刑停止解除論がこの2年議論されていても解除できないのは、国民の中で不人気であることが理由の一つであると思うが、今回政府に反対する、これだけ認知度の高い人間が政府の手の中で死に至ったという一件は、またひとつ政府が段階を進んだと言えるのではないだろうか。

「国内の更なる締め付けのため」という意見もあるが、ソ連時代の粛清を想起させるような恐怖政治となることも、何かしらの影響をもたらす可能性があるかもしれない。

おわりに

この2年、ハリーポッターのような状況だと考えることが多い。
ナワリヌィ氏の獄死はハリーポッターの死なのか、ダンブルドアの死なのか。
後者であることを、切に望みたい。

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