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【女性音楽家を応援!】ガールズ・バンド・ライブ観覧記

はじめに

 思い返せばガールズ・バンドはもちろんのこと、アマチュア・バンドのライブを観覧したことがない。審査員として無数のアマチュアバンドを審査してきたし、バークリー音楽大学ではたくさんのアマチュア・バンドを指導してきた。しかし、こと観覧となると経験がない。それもそのはず、観覧する理由などないからである。

 生徒、お客様、知り合い、身内、雇用者、どう言えば適切なのだろう、私のアシスタントを長年やってくれているギタリストがいる・・・しかし、演奏姿は見たことがない。彼女の音楽も聴いたことがない。向こうがいつから私を知っているか知らないが、私が彼女の存在を知ってから、彼女の姓は変わり、数年後の3ヶ月前には分身が誕生していた。

2024年1月8日

 出産から3ヶ月経ち、セミナー・アシスタントに復帰したのが1月8日。赤ちゃんの急な発熱時に備えて、いつでも帰っていいように、もしくは来なくてもいいように、数名の女性陣をサポートに付けて開催したが、幸い何事もなく終了した。

 いずれにしても魔の三ヶ月という、もっともママとして苦しい時期だろうと思っていたら、目が私が教える女子大生のようにギラギラしている・・・そして、4日後にライブをやることを教えてくれた。すごいバイタリティである。どうやら女性3人でガールズバンドを組んだらしい。働く女性、お母さん、あらゆる環境の女性を応援するコンセプトのバンドらしい。

 「1月12日金曜日19時35分下北沢のライブハウス」

17時にお風呂に入り21時に寝る私にとって19時台にライブハウスにいるなんて考えられなかったが、私にはできないコンセプトのバンド・・・観たい衝動に駆られた。

2024年1月10日

 ライブ・ハウスという場所に行くこと自体10年ぶりだと嬉しくなり、行くことを伝えた。「招待します」と返ってきた。ふと35年前の高校時代のライブを思い出した。そういえば、そんなシステムもあった・・・タダで入れるということだ。とはいえ、私も大人、手土産ぐらい持参することはできる。しかし、授乳中のママに何を差し入れすべきか分からず調べた。

2024年1月12日

 当日、豆・・・小豆・・・無添加の水ようかんなら差し支えないと分かり、西日暮里駅で気を使わせない金額を狙い、メンバー数分買った。重さは想定外だったがしょうがない。千代田線から、小田急線直通で40分・・・好きなトルストイの小説を読みながら17時には下北沢に着いた。よく考えたら下北沢という場所に降りたことがない。ライブまで2時間以上あるので、散策を始めた。

 下北沢には自分の居場所がない・・・こんな格好で歩いている人など一人もいない・・・入れる喫茶店もバーもレストランもない。雑踏の中で孤独を感じたのでおもむろにイヤホンを取り出し、小澤征爾指揮のブラームス交響曲第一番を聴きながら歩いた。ユニクロがあったので10年ぶりくらいに入ってみた。1,980円のシャツ、9,800円のジャケットを見ながら、自分の7万円のシャツ、50万円のジャケットとの違いがあまりないことに気付いた。
≪ ここまで進化したのか≫
時代に付いて行けてなかったと反省した。

 二時間ほど経つと上手く脱水状態が完成した。素人さんと同席するときはセキュリティのため、トイレに行かないように敢えて脱水状態にする現役時代の習慣が残っていた。

現場到着

 ライブハウスに到着すると、ガラス張りの受付で若い係の人が名前を聞いてくれた。「レディー・キャンディを観に来た津本幸司です」は、なんか恥ずかしい発言・・・でも、何もおかしくないはずだ。

すると、「ドリンク代600円です」と言われ、また、そういえばそんなシステムもあった35年前を思いだした。そして、そのシステムが変わっていないことに少しホッとした。ドリンクチケットをもらい、ドリンクとの引き換えをするのが流れだが、私は引き換えず客席に直行した。

 少し混雑している電車の半車両分とでも表現しようか、かろうじてパーソナル・スペースが維持できる混雑具合、人気具合であった。上手(ステージに向かって右)にギターアンプのマーシャル、下手にベースアンプのガレンアンドクルーガーがあった。なるべく後ろの下手側、つまりギターの彼女の視野に入りにくい場所を選んで陣取った。不思議と半径1メートルには誰も入ってこない。変な威圧感を出していたのかもしれない。

 ベースボーカル、ドラム、ギターの編成で登場した彼女達はチューニングをして、イヤモニを取り付けた。この規模だと転がし(足下のモニター)や横あて(左右のステージ用モニター)だけで十分なはずだがなぜだろう。始まろうとしている時、シンセ・サウンドが流れた。なるほど、イヤホンでモニターして同期しているのだ。

 私は左右のポケットに手を入れて耳栓を丸め始めた。開始と同時にライブハウスのPAの技術が分かるはずだ。もし素人がやっているなら耳を壊しかねない。音が鳴った。あ・・・、PAはプロである。2キロHzと4キロHzを上手く下げ耳に優しい音を作っている。女性のヴォーカルにもディエッサーを掛けて安全な音にしている。私は耳栓から手を離し、ポケットから手を出した。

演奏開始

 どう考えても素人バンドではなかった。バンド好き、楽器好きの女性が集まって「バンドでもやろうよ」と気まぐれでやっているバンドの音ではない。10年20年という年月を真面目に音楽に費やした人達の音であった。これは世界中の学生バンドを指導して来た私は一発で分かった。その副作用として、彼女達の年齢もある程度想像が付いた。

ベース

 ベースはボディもヘッドもピックで女の子っぽい見た目だが、ピックアップはジャズベ仕様であり、発音アタックが強烈に出ている。そして抑揚が誇張されている。つまり、上手いベーシストが弾くと最高であり、下手なベーシストが弾くと最悪なベースサウンドになる。このバンドのベーシストは前者であった。バークリー音楽大学のロック・アンサンブル授業で、このベーシストが来たら「当たり!」と思えるレベルであった。

ドラム

 ドラムはスネアの選び方と叩き方で好みが分かる。私も人の子、趣味がある。ピッコロ・スネアでキンキンうるさいのも苦手だし、深い木製胴のボソボソ鳴るのも苦手である。ガリガリも嫌い、デブも嫌いといったところだろう。彼女はドンピシャで私好みの「プロポーション」を演出してくれた。 

ベースとドラム

 ベースとドラムの相性が、私が口うるさい部分である。ベードラのサステインをベースが担当する、ベースのアタックをベードラが担当する、合致すべき時、お互いを補完する時、主導権はいつ誰にあるのか・・・審査員のクセが抜けず審査モードに入ってしまった。

 しかし、全てにおいて見事であり、私のバンドの伴奏を頼もうかと思ったぐらいである。

ギター

 ギターの彼女は私のトータル・ギター・メソッドⓇを利用しているため、知識面、技術面をオンラインで毎日チェックしている。音楽哲学、理念的にも完成していることは知っているが、アンサンブル(バンド)の中でどのように「鳴る」かは未知数であった。
 
 なるほど・・・シフォンケーキの上に生クリームでコーティングして完成したような感じだ。

 まず、チーズケーキのようなバンドがある。全てが具材レベルでミックスされて一つのサウンドになるバンドである。クーラシェイカーズのようなバンドとでも言おうか。

 次にいちごのショート・ケーキのようなバンドがある。どのように作ってもどのように飾ってもメインはいちごであり、いちごのクオリティで酸っぱくも甘くもなるようなバンドである。エクストリームのようなバンドとでも言おうか。

 そして、ミルフィーユのように何層にも重なり合うバンドがある。決して混ざり合うことはないが縦に切ることで一つの味になるようなバンドである。ドリームシアターのよなバンドとでも言おうか。

 このバンドはシフォンケーキの上に生クリームでコーティングしたようなバンドである。ベースとドラムが混ざり作られたシフォンケーキの上にギターという生クリームが乗る、というかコーティングする。ギターが無くても形だけは成立するが味気ない。ギターがあれば100倍良い。外見上は見た目は生クリームしか見えていないが、ギターだけ舐めても良いが少し味気ないだろう。中身のベースとドラムが必要であり、生クリームにフォークを入れた時に期待するのはシフォンケーキの弾力である。

 ギターサウンドは良い意味でデジタルのバッファーを介した音になっており、ドラムやベースのアタックを邪魔しない。コード・ストロークもアルペジオもリード・ギターも全てドラムとベースの上に「乗っている」のである。良い意味でのリズムの揺れが、ドラムとベースの強固なリズムの上で波打ち、全体の「ゆらぎ」を作っていた。

ボーカル

 ボーカル・・・1月11日(前日)に女性20人のスクール・アイドル・ミュージカルを観劇し、嫌というほどAKBやSKEやグラビアアイドルの声を聞かされていた。にゃんにゃん、きゃんきゃん、甘ったるい声が頭から離れない症状に悩まされていたが、彼女の声を聞いた瞬間リセットされた。つまり、あのアイドル声とは対極にあるしっかりした声である。かといって、過剰にクセのある声でも歌い方でもない。しゃくり上げや、フォールなど小手先、口先のテクニックを使わずしっかり歌う感じは、歌詞の内容とメロディに集中できる。

19時55分

 派手な三曲が終わり持ち時間の20分は終了した。商売癖とプロデューサー癖で「投資して金儲けできないか」「何かに起用できないか」などの下心があった。私が可愛がっている20代前半の女の子歌手達のバースデー・ライブで伴奏してくれたらいいかもしれない。すこしバラード風の曲も聴いてみる必要がある・・・などと完全業務モードになりながらも、気を使わせまいとサッと会場を出て、受付の人に「差し入れを渡しておいてほしい」と頼みドアに手を掛けた。すると「もうすぐここに来ますのでお待ちください」と言う。

 ファンが出待ちしているようでこっぱずかしいが、言われるがままに待った。三人が来たので差し入れを渡して軽く挨拶をした。楽器を持っていなかったら、感じの良い近所の奥様達というギャップがなんとも嬉しかった。社会や世間を知らない音大生のとげとげしい感じがなく、大人として会話ができそうである。しかし、気を使わせまいと一言二言でそそくさとその場を去った。

おわりに

 下北沢の駅に向かう途中、いくつかのライブハウスからバンド・サウンドが流れていた。35年前は「こんな所で毎月ライブができればいいのにな」と思ったものである。いつしか引退した私だが、彼女達のように現在進行形でこの業界で頑張る音楽家がいるのだ。そして、あらゆる生活環境の障害を乗り越えて、自分達がやりたい音楽を具現化している。

 このバンド、Lady Candyは、女性達に元気を与えるバンドとして活動するらしい。しかし、女性だけでなく「時間がない」「お金がない」「自信がない」と言いながら行動しない男性音楽家達にも衝撃を与えるバンドとして既に完成している。

 駅のホームで電車到着まで、この新鮮な体験に感謝しながら余韻に浸り、その後トルストイの世界へ戻った。

 次の彼女達のライブでお目にかかりましょう。

津本幸司

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