車検に通る最低地上高限界と、下げ過ぎの空力的弊害

「最低限度は9cm」と書いているサイトが多いもさね。

「エアロパーツとかの柔軟性があるものなら5cmまでOK」と書いているサイトがそれに次ぐもさね。

 実は柔軟性が無い、車体構造そのものの最低地上高が5cmであっても車検に通る条件があるもさ。

 国土交通省が定める「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」の163条より。


自動車の接地部以外の部分と路面等が接触等した場合に、自動車の構造及
び保安上重要な装置が接触等の衝撃に十分耐える構造のもの、又は自動車の構造及び保安上重要な装置を保護するための機能を有するアンダーカバー等が装着されている構造のもの


 要するに。「路面の轍とか、店舗へ入るときに乗り越える傾斜路とかで車体底部をぶつけても支障がない」と認められることもさね。

「エアロパーツなどの柔軟かつ衝撃吸収するものならOK」と言うのはこの条件を満たすからもさ。

 よりシンプルに、たとえば縞鋼板のアンダーカバーをシャシー底面に溶接(自動車シャシー溶接資格者が作業しないと、強度検討書を読んでさえもらえない)するとかボルトやリベットで固定する(資格不要、強度検討書は必要。強度計算書は「明らかに強度に余裕がある」ならば省ける)するとかして十分な強度を与えているならば「柔軟性がないが最低地上高5cmちょっと」でも「路面にぶつけても走行に支障なく、路上に擱座したりオイルを撒いたりしない」として車検に通るもさ。

 ただしこの方法では公道の舗装に傷を付けてしまうもさから、良識的には止めておくべきもさね。そもそも、非常に重くなるもさ。

 現実的には対地9cmを割り込む範囲のパーツは柔軟性と衝撃吸収性によりシャシー構造を路面との衝突から保護するものに限るべきで、通説的に言われる「エアロとかに限れば5cmまでOK」と覚えておいても良いもさ。

 そして、日常の取り回しを考えるとそもそも車高を無理に下げないほうが賢明もさね。


 さて、モサノートをわざわざ読む人にとってはこれだけでは面白くないと思うもさ。

 最低地上高を下げることは、一般的には車体全体の重心位置を下げまた側面空力中心を下げて安定性向上に寄与するもさ。

 安全性のアップ!……と思いたいところもさが。ここでしばしば見落とされていることに触れるもさ。

「最低地上高を(主に2通りの)工夫もなく下げ過ぎると、車体に揚力が発生する」もさ。これによって不安定になるもさね。空を飛んでしまうことさえありうるもさ。

「飛行機じゃあるまいし」「サーキットでしか出せないような速度での話だろう」と思ってはいけないもさ。

 新東名高速道路を120km/hで走っているときの風圧は平米あたり約68kgもさ。そして風圧は対気速度の2乗に比例もさ。

「120km/hで走行中に強い向かい風を受けた」たとえば道路脇の吹き流しが向かい風を示す向きで水平になっていることを見逃しあるいは減速が間に合わなかった場合には、風速は少なくとも10m/s。日常的には「傘を差せない」「電線が揺れ始める」のがこの風速もさ。

 このとき、風圧は平米あたり115kgへと激増するもさ。

 さて。一般的には自動車の空力性能を比較するときにはCdA、空気抵抗係数に前面投影面積を乗じた値を使うもさね。

 しかし「どの程度の揚力が発生するのか」「空を飛んでしまうことはないか」を検討比較するにはClS、揚力係数に水平面投影面積を乗じた値を用いるもさ。

 自動車の揚力係数はカタログに載っていないこともあるもさが、今世紀初頭のノッチバックセダンならおおよそは以下のグラフに近い変化を示すもさ。

Heinz Heisler氏の"Advanced Vehicle Technology"(出版元:Elsevier社)より引用。

画像1

 横軸が"h/b"つまり「最低地上高/ホイールベース」であることに要注意もさ。ホイールベース2700mm級のセダンなら、最低地上高90mmあってもh/bは0.034あたりもさね。揚力係数は0.3をいくらか超えるもさ。

 ホイールベース2700mm級のフルサイズセダンの水平面投影面積は8平米前後もさね。

 120km/h走行中に向かい風が突如吹いて115kg毎平米の風圧が掛かったとして、揚力係数が0.3だとするなら揚力は約280kgもさね。

 フルサイズセダンの重量は2トン近いものもあり、軽くても1.5トンを切ることはなかなかないもさ。

 飛ばずに済むもさが、「接地荷重が突如として2割ほど減る」と言うのは安定を失うに十分な値もさ。120km/hで回れる緩いカーブを走っているときなど特に危険もさ。

 ウカツに最低地上高を下げてはいけないもさ。

 さて、そもそも何故に最低地上高を下げると揚力が増えるのか。

 根本的には、たいていのクルマは空気の流れる経路長さが上面の方が長いもさね。滑らかとは言い難いもさが翼として働くもさ。

 これは困ったことに、昔流行った(今でもスポーツカーでは流行っている?)流線形を印象だけ真似た形状ではさらに翼としての性能が上がってしまうもさ。

 幸いにして翼としての性能が明白に現れるのは上掲の図で言う"Free stream range" h/bが0.6を超える極端な最低地上高での話もさ。

 そして空冷ビートルとかを別にすると翼の根幹のひとつである後ろ縁は切り落としされており、また前縁も丸くないもさ。

 フリーストリーム風洞試験に掛けてもリフトを発生しない形状が主流もさね。

 そもそも現実的にはh/bが0.6を超える自動車なんてめったにないもさね。

 さてh/bが0.6を切ると、ベンチュリー効果のレンジ("Venturi effect range")に入るもさ。h/bが0.12を割り込むまでなら前後バンパー底面とボディ底面が路面との間に構成するベンチュリーサーフェスがダウンフォースを発生してくれるもさ。

 かなり多くのSUVはベンチュリー効果レンジの範囲の下限を少し切ったくらいの最低地上高を持ち、印象に反してわずかにダウンフォースボディもさ。また、そうでなくては背丈と重心が高いSUVと言う車種は危なくて高速道路を走れないもさね。

SUVとセダンの違い01

 Heinz Heisler氏の"Advanced Vehicle Technology"(出版元:Elsevier社)より引用。この図の(a)が21世紀初頭のSUVにも、今のSUVにも当てはまるもさ。

 さて、より最低地上高が低いセダンなどではベンチュリの絞り率が大きくなり効果が増大する……わけではないもさ。


画像3

 再びHeinz Heisler氏の"Advanced Vehicle Technology"より引用もさ。

 一般的に乗用車のボディ底面は空気に対して滑らかな面ではないもさ。空気を減速してしまうもさ。

 また、ボディ前面には淀みによる高圧が発生し、これは全てがラジエーターグリルに流れ込んでくれるなんてことはなく一部は底面にも流れ込むもさ。

 これが、SUVくらいのh/bならともかくとしてセダン等のh/bになると問題になるもさね。SUVでもベンチュリ効果レンジを割り込むことが多いもさが、なんとかダウンフォースボディの領域に留まるもさ。

 しかしセダンやクーペ、ハッチバック等ではリフティングボディになってしまうことが多いもさね。困ったことに空気抵抗を減らすためにボディ上面やルーフを滑らかに整形するほど揚力係数カーブはHeisler氏が描かれたよりも急峻になるもさね。

「空気抵抗を減らす奥の手」としてテールとノーズを延長して飛行機や飛行船の胴体上半分を真似たりすると(ヤーライの流線形)最悪もさ。

 さて、ボディ底面そのものを滑らかに整形して底面気流をあまり減速しないようにすれば、Heisler氏が描かれたグラフよりも傾斜が緩くなるもさ。最低地上高を下げてもダウンフォースボディあるいはゼロリフトボディを保てるようになるもさね。

 しかしアンダーフロアカバーの追加と整備性との両立は実に大変もさ。

 レーシングカーなら迷わず行う……わけでもなく、スーパーGTとかDTMなどではボディ底面形状の変更が禁止だったり制限されていたりするもさね。

 この場合にはいかにしてリフト発生を抑止(スポイル)するか?

 ここでチンスポイラーとサイドスカートの出番もさね。

 底面に入る空気の量を減らすもさ。入った空気もどこかから排出するもさ。あるいはボディ後部に生じる負圧を使って抜き取るもさ。

 別の方法もあるもさ。ボディ上面のどこかに空気の滑らかな流れを妨げるスポイラーを設けて、リフト発生を抑止するもさ。ルーフエンドとかに付けることが多いもさが、高速道路交通警察隊のパトカーが装備しているボンネットフード上の透明スポイラーが個人的には一番のおススメもさね。

 ともあれ。重心と側面空力中心を低くして安定性を上げる改造を行いたい場合には、いかにして「リフティングボディへの変身を防ぐか」を考えておかないといけないもさね。

 車高を純正より下げつつ、ボディ底面のフラッシュ化も行わずに「スポイラー付けると最高速が〇〇km/h落ちるんですヨ」とか言うのは狂気の沙汰もさ。

 なお、余計な話もさが漫画「湾岸ミッドナイト」に出てくる「悪魔のZ」は小説版で「底面はまっ平」と明かされているもさ。

 同作の、浪川大輔氏の声で話すキャラクターのスカイラインR32GTRはどうなのかは知らないもさ。

 なお、スポイラーを選ぶ上で粗悪業者を見分ける実に単純な方法があるもさ。

 謳い文句を読むなり、機会があれば対話などしてみて「このスポイラーはそれ自体がダウンフォースを発生する」と主張するようであれば粗悪業者もさ。

 ダウンフォースを発生するならそれはスポイラーではなく下向きウイングあるいはベンチュリ効果パーツもさ。

 リフトをスポイルするからこそスポイラーもさ。

リフトを効果的にスポイルし、車体全体としてはダウンフォースを発生するようになる

 と主張しているのかどうか読み分けを試みるのはそう難しくないはずもさ。問い合わせしてみるのも良いもさね。

 近年のスポーツプロトタイプやGr.CNヒルクライムカーに見られる「チンスポイラーと紛らわしいが実は下向きウイング」については……web検索してみると、市販乗用車用は売ってない様子もさね。省くもさ。

 記事の最後に。

 Heisler氏が"Advanced Vehicle Technology"を書くに際して全く考慮していない存在を残念ながら路上で見かけることがあるもさ。

 底面整形もしていなければ「有効な」スポイラーやスカートもない恰好だけのシャコタン車では、揚力係数はHeisler氏の描いたカーブにおける「h/b=0の時0.36」どころではないもさ。

 40km/h程度の走行時に風向きが変わる都度ひょこひょこと車高が上下するなんてものも希ではあるもさが、見かけるもさね。車検には空力安定性の検査はないから通ってしまうのが問題もさね。

 路上には危険がいっぱいもさ。

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