「表現の自由」を守ることも大事だが、無事にコミケが実施できるために、コミケのルールを守ることもまた大事なのだ。

 女優の真木よう子氏がコミックマーケット93(C93)に参加を表明して、真木よう子氏を擁護する人々、コミケの秩序を重視する人々、何を言ってるのかイマイチよく分からん人々(?)もひっくるめて(ちょっとした)騒動となった。

 結果としては真木氏がクラウドファンディングを行っている「CAMPFIRE」(該当ページ:https://camp-fire.jp/projects/view/40020) やFacebookなどにおいて不参加を表明したことにより、一つの節目を迎えた。しかし炎上した残り火があちこちで元気に燃え盛っている。

 「コミケの理念」「コミケがどういう場所であるか」「表現の自由」「オタクの閉鎖性」「これだからオタクは」…… まあいろんな材料で燃え盛っているが、私は2017年現在におけるコミケは大きな2つの柱を守るべく行われていると(勝手に)思っている。

●1.
【コミケがコミケであるために】
・表現の自由を守る場である。
・最大限の表現者を受け入れることを「目標」とする。

 そういう意味では、「表現者としての真木氏」を受け入れること自体は自然である。しかしこれはあくまでも「目標」。
 実際は、理念どおりに今まで最大限に受け入れてきた結果として、設定されたスペースに対して参加希望サークルが多く、抽選によってサークル参加できるサークルが決まっているのが現実である。もうキャパシティが東京ビッグサイトのキャパでも追いついてないのだ。「すべからく表現者を受け入れられる状態」とは言いにくい。だから「最大限」という「制約」が必要になる。


そして、もう1つ。

●2.
【コミケと言う「表現」の場を守っていくために】
・「表現者の表現」を求めて、膨大な参加者数となったコミケを、事故無く円滑に運営するために、参加者はコミケのルールを守る必要がある。

 今回の議論的なものを見てて、意外とここが語られてないような気がしてならない。
 隙あらば表現規制をしようとする連中が、東京都でも東京都青少年健全育成審議会なる会で「不健全図書」なるものを指定している。東京都は現状コミケのお膝元。うっかりしたことは出来ないのだ。

<< サークル参加者、一般参加者、企業参加者等全ての参加者の相互協力によって運営される「場」であると自らを規定し、これを遵守する(コミックマーケット92サークル参加申込書セット「コミケットマニュアル」の「コミックマーケットの理念」より抜粋) >>

「相互協力」。憲法で言えば「公共の福祉」になるだろうか。ここである程度の制限がある事があまり知られてないような気がする。「ルール」の存在である。

 開催すれば3日間で50万人以上を集める「コミケ」、通路はまだしも、会場に入れば肩がぶつかるのは当たり前、時には自分の意志で向かいたいサークルの場所に進めない場合もある。

 そういう状態でも、その膨大な人間の集団をなるべく安全に存在させるために、導線をつくり、「エスカレーターは歩かないでください!」「通路では立ち止まらないで歩き続けてください!」と移動を促し、それでも(仮に不満を持っていたとしても)文句は言わずに多くの参加者が指示やルールに従っているからである。

 そしてルールは毎回コミケ運営の反省会などで更新され、最新のコミケカタログに掲載され、参加希望者はそれを購入してルールの把握に努める、それこそが一つの「相互協力」である。もちろん中にはカタログを購入してない者もいるだろうし、ルールの完全把握なども容易ではない(何せカタログは分厚い)。それでも運営ボランティアの声を張って指示をする必死の努力などもあり、最低限のルールが守られてきたからこそ、やれエスカレーターでの将棋倒しだの、会場での圧死だのが防がれてきた。

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前置きが長くなって申し訳ない。

 筆者の懸念は、真木氏の言動から、「現状では真木さんがC93への参加応募をしたにもかかわらず、その申込書が入っていた『サークル参加申込書セット』の中の『コミケットマニュアル』を読んでないのではないか?」と感じたことだった。読んで無いならば最低限のコミケの理念やルールなど把握しているはずが無いからだ。(クラウドファンディングでの資金調達や、どういうスタッフで写真集を作り上げるかどうかは正直どうでもよかった。真木氏も言わなきゃ良いのに、とは思ったが。)

 真木氏がルールを分かってらっしゃらないとなると、真木氏がファンの方へ向かって可能な限り正しく「ルールを守ってください」とアナウンスされることが期待出来ないと言う点で「真木さん目当てのファンの方が参加に当たり(最低限でも)ルールを守ってくださるか。またファンの方がコミケと言う人が波打つ場で自分の思い通りに行かないことでブチ切れないか。」と言う恐れを抱いた。
少なくとも真木氏が思い描くような、ファンと交流を出来るような場では、(経験上)無い。

 小林幸子氏や叶姉妹氏はコミケに受け入れられたが、それは彼女たちにちゃんとした準備があったと言う情報がコミケ参加(希望)者に流れてきていたからだと推定する。小林幸子さんは協力関係にあったドワンゴの方々も指南役になってくれたと思うし、叶姉妹はいろんな媒体からコミケに付いて勉強している情報が流れてきていた。そういう情報が他の参加者の懸念をだいぶ軽くしていたと思う。そして実際好意的に彼女たちは迎えられたと思う。

 それと比較すると真木氏の参加表明は唐突な印象を受けた。一斉に反発の声が上がったのは、クラウドファンディング等における表明において、その書いてある内容から、真木氏がコミケのルールを把握しているのか、その状態で真木氏のファンがコミケ会場にルールも知らないまま押し寄せたら、と不安に思った人達がそれだけ多かったと言う証左であったと思う。

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 8月28日、真木氏はC93の不参加を表明した。これは賢明な判断だったと思う。
 真木氏にもしまだやる気があるなら、是非今度は「他の参加しようとする人の不安を軽くした状態」で参加申込をしていただきたい。何事も準備が肝心。

 最後に「表現の自由」について私が思うところを述べる。

 「表現の自由を守る」ということは、裏を返せば【とある別の人の表現が嫌いでも(自分には想定できなかったものだったとしても)、それをも守る覚悟が必要である、(その上で、コミケなどの場で共存する必要がある)】と言うことである。

 今回のケースで想定できた事を書けば、コミケに真木氏目当てで来た参加者が「他の参加者の表現を『(例えば)エロいから or オタクでキモいから等の理由によって排除して欲しい』と、例えば帰ったあとのSNSなどで表明してしまえ」ばその時点で、コミケにおける表現の自由を受け入れる体勢と言うのは崩壊してしまう。運営やサークル参加側だけでなく、真木氏のファンも含めた一般参加者側も「相互協力」によってありとあらゆる表現を認めてこそ「表現を最大限受け入れる」というコミケの体勢が出来上がる。

 コミケに芸能人が参加する時代である。
そういう時代であっても、参加しようと思う人は、
「表現の自由を守るために」
「自分や他の参加者の身の安全を守るために」
「コミケの存続を守るために」
ルールの把握に努めて欲しいし、「相互協力」に努めて欲しい。


「コミケにはお客様はいませんよ」

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